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呪遣いの妻 01

 10時過ぎに出社したおれは、秘書室に顔を出した。
「おはようございます」
 秘書室のメンバーが一斉に立ち上がって、おれに挨拶をする。おれは、秘書たちの姿を舐めるように見回した。
「社長、本日のスケジュールです」
 おれの傍らにやってきた秘書室長から、予定表を受け取る。見ると、午後に入っていた得意先との会合がキャンセルになっていた。これで、今日は1日、人と会う予定がないことになる。
 おれは、「わかった」と言って、社長室へと通じる扉を開けた。
 社長室には、おれが仕事をするための大きな机と、秘書用の小さな机、それに来客用の応接セットがある。機能性を重視した造りになっているので、装飾品の類は何も置いてない。おれは、鞄と上着を応接セットに放り投げただけで、社長室を素通りして、更に奥の部屋に入った。
 ドアを開けると、部屋の様子が一変する。
 床には絨毯が敷き詰められ、壁には風景画が掛けてある。テーブルや椅子といった調度品も高級品ばかりで、機能重視の社長室とは一線を画した部屋になっている。まるで、一流ホテルか高級マンションの一室のようだ。
 元々は、仕事が忙しくて会社に泊まりこむことがしばしばだったおれの「宿直室」として作ったもので、最近では、この部屋は「居間」と呼ばれている。
 おれは、「居間」にあるイタリア製の椅子に座った。少し考えると、内線で、秘書室にいる中で一番若い秘書を呼び出した。
「失礼します」
 しばらくすると、秘書がコーヒーを持ってきた。
 彼女は身長が173センチある。女性としてはかなりの長身だが、おれが183あるので、ちょうどいい身長差だ。レディーススーツ姿だが、スカートは思い切り短くしてある。秘書のスカートはミニ、というのがおれの会社の不文律だ。
「どうぞ」
 秘書がそう言って、おれの前に恭しくコーヒーを置く。短いスカートから伸びる長い脚が、艶かしい。
 コーヒーを置いた秘書は、立ち上がって髪を払うと、おれの前に立ち、着ている服を脱ぎ出した。
 秘書は、飛び切りの笑顔をおれに向けながら服を脱いでいく。
 上着を脱ぎ、ブラウスの中からピンクのブラジャーに包まれた大きな胸が姿を現した。短いスカートがすとんと床に落ち、ブラとお揃いのショーツが見えた。やがて、下着もすべて脱ぎ捨てた秘書は、笑顔を残して、隣接するバスルームに消えた。
 おれは、ゆっくりとコーヒーを飲み干すと、頃合を見て、服を脱ぎ始めた。全裸になって「居間」の奥にある部屋に向かった。
 そこには、大きなベッドが鎮座している。「寝室」だ。
 やがて、秘書がバスルームから出てきた。
 おれは、秘書と激しい口づけを交わし、そのままベッドに倒れこんだ。
 おれと秘書は、ベッドの上で情熱を燃やした。


 おれは、大手機械メーカーの社長だ。
 親父の代までは、自動車の部品を作る下請けの町工場に過ぎなかったのだが、今から15年前に親父が急死し、まだ学生だったおれが跡を継いでから、会社は急発展を遂げるようになった。
 それまでは、既成の工作機械でメーカーに言われるまま、部品を作っていたが、既存の機械を改良し、品質と生産性を飛躍的に向上させることに成功した。折からの不況でコストダウンを強いられていた部品工場は、こぞっておれの会社の機械を導入した。こうして、一介の下請け工場が機械メーカーとして急成長したというわけだ。
 おれは、おれの会社の機械を導入した工場を次々と傘下に収めていった。傘下に入らない会社は容赦なく潰した。あっと言う間に、おれの会社は部品メーカーとしても、大手と肩を並べるようになっていった。もちろん、優秀な人材を他社から引き抜き、常に新しい工作機械を世に送り出し続けている。今では、おれの工作機械とおれの部品工場がなければ、安くて高性能な自動車はできないとまで言われるようになった。海外にも進出し、会社は拡大の一途を辿っている。
 こうして、おれは30代半ばにして、都心の一等地に自社ビルを構える程の大企業の社長になった。マスコミは、おれのことを工作機械業界のカリスマ社長と呼んで持て囃すが、おれはこんな機械メーカー、部品メーカーの社長ぐらいで満足してはいない。近いうちに、他業種にも参入し、いずれ、日本、いや、世界を代表するような総合企業グループに育て上げてやる。
 おれの野望は、とどまるところを知らなかった。


 事が終わると、秘書は服を着て、何もなかったように秘書室へと戻っていった。
 現在、秘書室には、室長を含めて、4人の秘書がいる。全員、女性だ。
 一番古株の秘書室長は今年31歳で、さっきまでおれの下で嬌声を上げていた一番若い秘書は23歳。残る2人も含めて、全員、おれとは肉体関係がある。早い話が愛人だ。
 おれが秘書という名の愛人を侍らせているということに眉を顰める奴もいるが、おれはそんなことは気にしない。おれの会社だ。おれが何をしようと文句は言わせないし、実際、この会社でおれに面と向かって文句を言える奴なんて1人もいない。おれは、この会社の専制君主なのだから、社内にハーレムがあるぐらいは当然だろう。
 第一、秘書たちが愛人なのは確かだが、彼女たちは仕事の上でも優秀で、申し分のない成果を上げている。そもそも、おれは顔はきれいだが頭は空っぽなんて女を抱きたいとは思わない。おれが好きなのは、綺麗で、背が高くて、胸や腰が大きくて、仕事のできる女なのだ。
 社内にハーレムを作るというのは、おれの若い頃からの夢だった。会社をでかくして、秘書を大勢侍らせて、朝から会社で秘書たちを取っかえひっかえして、セックス三昧。そんな野望を持っていた。
 25歳の頃は、まだ会社も小さく、女に回す金なんてなかったし、仕事も忙しかったので、社内ハーレムなど夢のまた夢だと思っていた。30歳ぐらいのときには、会社も大きくなり、それなりに金もできたので、従業員の中で気に入った女に手を出すようになった。その中から何人かが定期的に関係を持つ「愛人」になり、彼女らを集めて「秘書室」を創設したのが3年前。
 「秘書室」に配属になると、勤務時間中はいかなる業務よりもおれの求めに応じることが優先される。時間外の場合は破格の残業手当をつけてやるので、秘書が「残業」や「休日出勤」を嫌がることは滅多にない。秘書には「社宅」として都内の高級マンションがあてがわれるし、重役並みの給料を払っている。最近では秘書室配属を目指して就職の面接を受けに来る女も大勢いる。大半は頭がからっほなのが一目でわかるような女だが、一流大学で優秀な成績を残しているような才媛も多数混じっている。さっきの秘書は、そんな難関を潜り抜けてきた新入社員だけあって、容姿も能力も、もちろん、抱き心地も、ハイレベルな「逸材」だ。


 おれは、バスルームで汗を流し終えて、「寝室」に戻り、内線電話に手を掛けた。
 忙しいおれのスケジュールが丸々1日あいているなんてことは奇跡に近い。こんな日はセックス三昧といきたかったのだが、1回戦を終えたところで、もう弾切れのようだ。
 駄目だ。
 おれは、ぐったりとして、しばらくベッドに1人寝転がった。
 若い頃であれば、たった1人の女を抱いただけでは満足できなかった。女を抱いても抱いても飽き足らず、常に次の女を求めたものだ。もっとも、その頃のおれの地位では、次から次へと女を抱くなんてことはできなかったが。
 それが、さすがに35歳にもなると、そういうわけにはいかないらしい。
 折角、社内にハーレムを作り、いつでも好きなときに好みの女を抱けるような金と地位を手に入れたというのに、体の方が言うことをきかなくなるというのは、なんとも皮肉なものだ。
 今のおれに、25歳の肉体があったら。
 そう思わずにいられない。今の金と地位に加えて、一日中セックスに溺れることができる若い体があれば、他には何もいらない。本気でそう思っていた。それほど、たった1度のセックスで役立たずになってしまう自分の体が忌々しかった。
 それでも、おれは、何とか気持ちを奮い立たせて次の相手を呼び出そうとしたが、結局その日はおれが受話器を手に取ることはなかった。


 そんな頃、おれに縁談が持ち上がった。
 おれは、35歳の今日に至るまで、独身を貫いてきた。と言っても、独身主義者というわけではない。
 20代の頃は、会社を大きくするのに夢中で、性欲処理は専ら風俗中心。特定の女と付き合うなんて暇はなかった。30代になって会社がでかくなると、社内の女を愛人として囲うようになったが、これだけの規模の会社の若社長ともなると、どんなに気に入った相手であっても、社内で作った愛人と結婚などということは考えられない。特に、おれのように限りない野心を抱いている独身の男にとっては、結婚は生涯で一度しか切れない強力なカードなのだ。おれの野望の礎となるような女でなければ、結婚する価値などなかった。
 そんなわけで、おれは35歳になるまで独身を通してきたわけだが、取引先の社長の伝手で1人の女性を紹介された。
 相手は、まだ20歳の短大生。おれとは1回り以上も年齢が離れている。
 彼女は、旧華族の一人娘で、今でも、都心とは思えないような閑静な高級住宅地のお屋敷に住んでいる。いわゆる「お嬢さま」という奴だ。どうしてこんな「お嬢さま」との縁談がおれに舞い込んできたかというと、旧華族と言っても、戦後は没落し、いまや財産と呼べるものは屋敷とその土地だけ。これまで、その広大な屋敷に父親と2人暮らしだったのが、父親が急死し、莫大な相続税を払うため、金持ちの結婚相手を探していたらしい。
 没落貴族の令嬢が、借金のカタに成金社長と結婚させられる、などというと、昔のメロドラマみたいだが、実際には彼女の方に山のような縁談が舞い込んだのだそうだ。没落貴族と言っても、そこはさすがに旧華族。親類縁者には政財界の大物がずらりと並んでいる。金はあるがそういった上流社会とのつながりを持たない成金たちが、自分の息子の嫁に、と、彼女のお屋敷に列をなしたという。まるで、現代のかぐや姫だ。
 彼女はそれを断り続け、なぜか、おれに白羽の矢を立てたというのだ。おれはかぐや姫の求婚の列に並んだ憶えなどないのだが、得意先の社長が、おれのことを紹介したらしい。
 見合いの席で、はじめて彼女に会ったとき、おれは彼女に訊いてみた。
「おれは、見ての通り、あんたとは年も違う。今はいっぱしの会社の社長なんて呼ばれているが、元は下町の町工場の息子だからこんな話し方しかできない。こんな年も育ちも違うおれを夫にしようなんてのは、どういうつもりだ?」
 おれの目の前に座る20歳の女は、顔立ちはまだ幼さを残していた。おれの好みから言えば、背も低過ぎたが、胸のふくらみや腰のくびれは、女であることを意識させるには十分だった。
 おれの問いを受けて、彼女はおれの目をじっと見た。見つめ合っていると、吸い込まれそうな不思議な力を帯びた瞳だった。
「わたくしは」
 彼女が発したのは、年に似合わないような落ち着き払った声だった。
「妻への贈り物を親に買ってもらうような男には興味がないのです」
 彼女は、その吸い込まれそうな瞳でおれを見つめたまま、そう言い放った。
「有り体に申せば、わたくしの夫となる殿方には、我が家の屋敷を守っていただくため、少なからぬ金銭を費やしていただかねばならないのです。ですが、そこで費やされる金銭がその殿方の才覚によって得たものではなく、その方の父君から下されたものだとすれば、わたくしは、その方ではなく、その父君の妻とならねばならぬ道理ではありませんか」
 おれは、今時、こんな古風な話し方をする若い娘がいるのかと驚いていた。だが、話し方はともかく、彼女の言っていることは筋が通っている。
「あなたさまは」彼女はおれのことをそう呼んだ。「わたくしの夫として、わたくしの屋敷を守ってくださることができる数少ないお人なのです」
 どうやら、彼女は、どんなに金があろうと、どこかの社長の2代目などというのは最初から眼中になく、自力で会社を興した若社長だけを対象に婿選びを進めていたらしい。
「どうせ隠し立てしても仕方がないから、あらかじめ言っておく」
「何でございましょう」
「おれの会社には秘書室というのがあって、そこには4人の秘書がいる」
「存じております。4人ともあなたさまのショウなのでございましょう」
 一瞬、「ショウ」の意味がわからなかったが、すぐに妾という文字が浮かんだ。どうやら、この「お嬢さま」は、おれの愛人関係もご存知らしい。まあ、秘書室のことは社内では有名な話だから、調べる気になれば造作もないことだ。こうしておれに声が掛かったということは、当然おれのことは何から何まで調査済みと考えてよさそうだ。
 秘書のことについて、釘でも刺されるかと思ったが、彼女は笑ってこう言った。
「殿方がご自分の才覚で外にいくら妾を作ろうとも、それは男の甲斐性。あなたさまの好きなようになさいませ」
 結婚前から夫の浮気を認めるというのだから、驚いた。これが華族風という奴なのだろうか。
「ただし」
 突然、「お嬢さま」の声が凛と響いた。
「それはあくまで外向きのこと。内向きのことについては、妻たるわたくしが一切を差配いたします。何卒、そのことお心に留め置きくださいますように」
 外でいくら女を作ってもいいが、それを家庭には持ち込むな、ということのようだ。理解のある妻、なのかどうかわからないが、華族の世界では、側室など当然のことなのかもしれない。


 向こうがおれのことを調べ上げたように、こちらも向こうのことを調べ上げた。
 「お嬢さま」の家は、華族の中でも旧公家系の家柄だった。何でも、平安時代から続く家系図が残っているらしい。朝廷の祭祀を司る家柄だというが、そのあたりのことに無知なおれにはよくわからない。神社の神主の元締めみたいなものだろうか。
 明治維新後は東京に移住し、伯爵に列せられたそうだ。屋敷はその頃に建てられた洋館だから、100年以上も前の建物だ。相続税が払えなければ、文化財として、都が買い取る話もあったようだ。
 明治の頃は羽振りも良かったが、代替わりと共に斜陽の道を辿り、戦前から家計は火の車だった。戦後は屋敷を維持するのがやっとで、「お嬢さま」の父親は先祖伝来の美術品を切り売りして、何とか凌いでいる状態だったそうだ。ちなみに、父親の仕事は銀行員。公家だ華族だでは食えないから、働かざるを得ない。死んだときには、都内の大規模店の支店長だったというから、おそらく出世コースに乗っていたのだろう。もちろん、旧華族というコネによるところも大きかったのだろうが、それなりに優秀な銀行マンだったようだ。そこそこ高給取りだったのだろうが、エリート銀行員の給料では賄えないほど、屋敷の維持費が嵩むということらしい。まあ、死んでしまった父親など、今更、おれとは関係ないが。
 「お嬢さま」の方は、幼稚園から良家の令嬢が集まるエスカレーター式の女子校に通っていて、現在はそこの短大生。というと、凡庸な女子学生が想像させるが、実際には、小中高と1度も首席の座を譲ったことはないほどの才媛だった。短大に進学するときも、4年制の難関校を勧められたそうなのだが、家の仕来たりによって短大に進んだのだそうだ。
 と、ここまでは、どこの調査会社でも調べられる情報だが、おれが使っている調査会社はもう少し突っ込んだ調査をしてくれる。それは、調査対象の性生活についてのことだ。過去の男性遍歴はもちろん、スリーサイズから将来の体型の変化の予測まで調べ上げてくれる。美人だと思って結婚したら、途端にぶくぶく太り出すというのはよくある話だ。以前、おれが気に入った「秘書候補」について調べたら、「不感症だからやめておいた方がいい」と言われた。実際、抱いてみたら、その通りで何の反応もなくて、面白みがなかったので、すぐやめた。以来、秘書の選定に当たっては、その調査会社の報告を重視するようになった。
 ちなみに、この「お嬢さま」の場合、男とつきあったことはないとのこと。今時珍しい筋金入りの箱入り娘だ。当然、処女だが、経験を積めば、感度もよく、抱き心地のいい女になるという報告だった。どうして将来のことがわかるのかと訊くと、近親者の傾向とあとは長年の勘だ、と調査会社の脂ぎった顔つきの中年の担当者は言った。


 その後、婚約、結納と、とんとん拍子で話が進んでいった。旧華族だけあって、意味のよくわからない煩雑な行事もあったが、何とかこなした。
 婚約に当たって、おれと「お嬢さま」の間でいくつかの取り決めがなされた。と言っても、「お嬢さま」の方が要求を出して、おれがその要求を飲むという形だったが。
 結婚後は、おれは戸籍上は彼女の家に入ることになった。婿養子という形式を取るわけだ。彼女には旧華族の家を絶やさないという努めがあるので、当然、そうなる。ただし、ビジネス上は、おれは今の姓を名乗り続けることにした。おれは名前が売れた経営者だったし、今更変えるのも面倒だったからだ。実際、最近では、女性の場合などは、結婚後も仕事では旧姓を使うケースは多い。
 屋敷の相続税は、実質的にはおれが払うのだが、形式上は、土地を担保に彼女に金を貸して、彼女がおれから借りた金で相続税を払うことにした。
 おれと結婚までして残した屋敷だ。当然、結婚後はそこに住むことになるが、明治に建ててから100年以上経った洋館だ。あちこち傷みが見られるため、この機に全面的に改修工事をすることにした。相続税と合わせるとかなりの金を使うことになるが、今までは近づくことすらできなかった上流階級と縁続きになれる代償だと思えば、安いものだ。
 そしてもうひとつ。彼女は、見合いの席で言ったことをもう一度念押しした。
「外向きのことは、あなたさまの才覚にて存分におやりなさいませ。内のことはすべてわたくしが取り仕切ります」
 おれは、彼女におれの会社の株をいくらか持たせて、取締役にでもしようと思ったが、彼女はそれを辞退した。妻として夫の会社に口を出すつもりはないとのことだった。
 ただ、秘書室の面々とは会社の外で1度だけ会合を持った。20歳の「お嬢さま」は自分よりも年上の秘書たちに対して、完全に見下すような態度で臨んだ。彼女にとって、それは「社長の婚約者と秘書たちの会食」ではなく、「正妻に目通りした側室の引見」だったのだろう。その後、彼女が秘書たちに会いたがることは1度もなかった。


 結婚式は、彼女が短大を卒業するのを待って行なわれた。
 これからおれの妻になる女が、旧華族の「お嬢さま」ということはわかってはいたが、実際に総理大臣や閣僚が披露宴に出席しているのを見ると、彼女が名家の一人娘であることを改めて思い知った。彼女の側の出席者には、いかにも公家風の名前が数多く見られる。戦国武将と同じ苗字の賓客も何人かいるので、このあたりは大名系の旧華族なのだろう。おれの方は、どこどこの会社の社長、という肩書きの財界関係者がほとんどで、この結婚がどういう性格のものであるかを如実に物語っていた。
 ともあれ、旧華族の「お嬢さま」はおれの妻になり、おれは、旧華族の当主という地位を手に入れた。
 披露宴の後、ホテルの最上階のスイートルームで、初めて妻を抱いた。
 調査会社の報告通り、妻は処女だった。おれの前戯にはほのかな反応を見せた妻だったが、おれのものが挿入されると、おれの下で口を真一文字に結んで、破瓜の傷みに耐えていた。
 そんな妻を見て、おれの心に久しぶりに火が付いた。無垢なものを汚しているという思いが、おれの中で燃え上がった。おれは、スイートルームの大きなベッドの上で、荒々しく妻の処女を奪った。


 新婚旅行から帰ると、おれたち夫婦は改修成った屋敷に入った。
 2人で住むには広すぎるし、掃除するだけでも大変なので、家政婦を雇うことにした。その話をすると、妻は、珍しく、目を輝かせて嬉しそうな顔をした。
「わたくしに侍女をつけていただけるのですか」
 妻は、家政婦のことを「侍女」と呼んだ。
「亡きおじいさまが小さかった時には、当家にも何人か使用人がいたのだと聞いています」
 妻の祖父が子供の頃というと、戦前の話だ。
「それが、おばあさまが嫁いで来られた頃には使用人は1人もおらず、このような広い家ですから、おばあさまもおかあさまも家事にかかりきりだったそうです。それが、あなたさまのおかげで、再び使用人を雇えるようになったのですね」
 妻は、相変わらずおれのことを「あなたさま」と呼んでいた。妻は、珍しく饒舌になり、最後に、おれに深々と頭を下げた。
 おれの腹積もりでは、家事全般に長けたベテランの家政婦を通いで雇うつもりだったが、妻は、住み込みで自分の身の回りの世話もする「侍女」を望んでいるみたいだった。今風に言えば、「メイド」だ。内向きのことは妻に任せることになっていたので、妻の気に入りそうな「侍女」候補を紹介会社に何人か出させた。調査会社で身元をチェックした後、妻にリストを見せると、妻は、その中から1人の女を選んで、面接をした後、正式に採用することになった。
 妻が選んだのは、家政婦としての経験はゼロに等しいような小娘だった。齢は18。高校を出たばかりで、本格的に家政婦として働くのは初めてだという。
 こんな素人同然の娘で大丈夫なのかと心配したが、妻は、大丈夫だと言って笑った。
「あなたさまは、わたくしのことをどこぞのお姫様と同じだと勘違いなさっているのではありませんか? わたくしは、おかあさまが亡くなって以来、ずっとこの家の家事を行なってきたのですよ。ですから、これからも侍女になる者と一緒に家事をやっていくつもりです。ならば、年の近い気の置けない娘の方がよいではありませんか」
 妻が選んだ娘は、今年高校を卒業したばかりだから、妻とは2つ違いだった。
 調査報告によると、彼女は中学生の頃に両親をなくし、伯母夫婦の家に居候して都立高校の家政科を出たらしい。住み込みという条件も、彼女にとっては、好都合だったようだ。
 妻もあまり背が高い方ではないが、妻の「侍女」は更に小柄で、肉感も乏しく、顔つきも幼い。身長、体重や、調査会社が報告してきたスリーサイズを見ても、中学生並みだ。かわいらしい顔をしているので、同世代の男子にはモテたかもしれない。
 伯母のところに居候していたせいか、あるいは、学校が家政科だったせいか、これまでに付き合った男はおらず、処女だとのこと。ただ、調査会社の脂ぎった中年の男は、数年後には、胸も腰も大きくなって、見違えるような妖艶な美女になるだろうと言っていた。それも、感じやすく、ベッドの上で乱れまくるという淫乱な美女になる筈だと。
 この地味な娘がそんな風に変わるというのは意外だが、調査会社の男は「男を知れば、間違いなくそうなる」と太鼓判を押した。だが、たとえそうなったとしても、背が低すぎるし、都立高校の家政科を並の成績で卒業した程度だから、頭の程も知れている。完全におれの興味の範囲外の娘だった。


 結婚直後は、おれは週3回のペースで妻を抱いた。その間、秘書たちを抱くことはなかった。情けないことに、35歳のおれには、これが限界だった。またしても、おれは25歳の体があれば、と思わずにはいられなかった。
 処女だった妻は、おれの手によって、少しずつ性感を開花させていった。はじめのうちは、決して声を漏らすことはなかった。感じていることは間違いないのだが、声など出すまいという強い意志を持っているようだ。だが、1日置きに体を重ねていると、次第に、おれの愛撫に時折声を洩らすようになっていった。
 旧華族の名家に入ったからには、跡継ぎを残さねばならない。最初のうちは、さっさと孕ませてしまおうと、週3回で妻を抱いたおれだったが、1ヶ月後には、秘書たちの体が恋しくなっていった。妻を抱くのは週に1度か2度にして、その分、おれは秘書を抱いた。世間的には、浮気ということになるのだろうが、妻公認の浮気だ。
 それでも、さすがに秘書を抱いたことは妻には黙っていた。だが妻は、「今日は、どなたをお抱きになりましたの?」などと言ってくる。華族の仕来たりでは、夫は外で抱いた女を妻に報告することになっているのだろうか?
 おれが曖昧に答えてはぐらかそうとすると、妻は「今日は秘書室長の方ではありませんか」などと言ってきた。妻は、怒っているわけではなく、世間話のように言うのだが、これには参った。何しろ、妻はおれの抱いた秘書を百発百中で当てるのだ。おれは、面倒になって、朝、屋敷を出るときに「今日は誰々を抱くつもりだ」と妻に言い置いてから、秘書を抱くようになった。


 結婚して3ヶ月程してから、妻が短大時代の友人たちと旅行に行くことになった。本当は、在学中に行く予定だったのを、妻の結婚などがあったため、ここまで延ばしていた卒業旅行だった。卒業旅行と言っても、友人たちもどこぞの「お嬢さま」ばかりなので、イタリアへ1週間という豪勢なものだった。もちろん、妻の分の費用は、全額おれが負担した。
 妻が不在の間、おれは、秘書を順番に抱こうと思っていた。結婚してからは、どうしても妻優先になるため、なかなか秘書たちの順番が回ってこない。この機に秘書たちを一通り抱いてやろうと思ったのだ。もちろん、そのことは事前に妻にも言っておいた。
 ところが、妻が旅立つと、急におれの仕事が忙しくなり、会議やら接待やらで深夜までスケジュールがぎっしり詰まり、それどころではなくなった。そんな日が4日も続いて、ようやく5日目の夜に体が空いたと思ったら、今度は抱く予定だった秘書の方が体調を崩して帰ってしまった。他の秘書も用事があるということで早々に帰宅している。
 やむなく、おれは、1人で屋敷に帰った。屋敷では、妻の「侍女」が急に帰ってきたおれのために、慌てて食事を作ってくれた。彼女は、最近はどこへ行くにも妻と一緒だったが、さすがに卒業旅行には同行しない。妻がいないのなら、屋敷に留め置くこともなかったのだが、実家と言っても伯母の家なので、妻の留守中も屋敷で寝起きしていた。
「お待たせいたしました」
 彼女がおれに、料理を運んできた。トマトソースのパスタ。急に帰ってきたので、こんなものしかできなかったことを彼女は詫びた。イタリア旅行中の妻のことを思うと、何とも皮肉な料理だ。
 彼女は、おれが雇っている女だが、言葉を交わしたことはほとんどない。この小娘が顔を見せるのは、朝夕の食事の給仕の時ぐらいで、そのときは常に妻がいるから、わざわざこの小娘と話をすることはない。
 屋敷の仕事には慣れたかとか、妻とはうまくやっているかとか、他愛のない話をすると、彼女は緊張した面持ちで短く答えた。妻とは歳は2つ違いだが、どことなく威厳めいたものを持っている妻とは違って、おどおどして答える様子は、まだ年端のいかない少女そのものだ。
 あらためて、彼女のことをじっくりと見てみた。この屋敷では使用人の決まった制服のようなものはない。明治の頃にはあったらしいのだが、さすがにそれは失われているので、「侍女」は動きやすい普段着の上に、大きな白いエプロンをつけて、使用人の印としていた。
 そんな大きなエプロンをつけた彼女を見て、顔が思っていたよりも整っていることに驚いた。調査会社の男が、数年後には妖艶な美女になると言っていたが、この顔だったら確かに美人にはなるだろう。ただ、背は低く、痩せすぎてとても肉感的とは言えない体つきは、「妖艶」という言葉からは程遠い。調査会社の男は「男を知れば」と言っていたが、この家で、妻の「侍女」をしているとなると、そのような機会はなかなか訪れそうにない。
 そんなことを考えているうちに、普段なら興味の対象外の筈のこの小娘のことが気になりだしてきた。妻との初夜のとき、処女喪失の痛みに耐える妻を見て、そそられたことを思い出した。この娘は、処女を失うときに、どんな反応を示すのだろう? そう考えると、おれの気持ちが段々と昂ぶってきた。
 ここ何日も「お預け」をくらっている身だ。このときは、女なら誰でもいい、というような気になっていたのかもしれない。
 おれは、食事の後、寝室にコーヒーを持ってくるように言った。
「どうぞ」
 そう言って、テーブルの上にコーヒーカップを置いた「侍女」に、おれは、後ろから襲い掛かった。前に手を回して、エプロン越しにほとんどふくらみのない胸を掴んだ。
「だ、旦那さま、何を!」
 悲鳴を上げた彼女に有無を言わせずに抱え上げ、ベッドに運んだ。
「やめてください。――こんなこと、奥様が……」
 彼女は必死に抵抗したが、所詮はか弱い女。折れそうなぐらい細い腕ではおれに組み敷かれても身動きひとつ取れなかった。
「や、やめてぇーっ!」
 小娘が悲鳴を上げた。最後の抵抗だ。おれが小娘の顔を2発ほど張ってやると、動かなくなった。
 大抵の女は、これでおとなしくなる。これまで男と付き合ったこともない処女ならば、なおさらだ。
 おれは、本能のままに彼女を陵辱した。わずかにふくらんだだけの胸は物足りなかったが、処女を失ったときに上げた悲鳴はおれを燃え上がらせた。その後、彼女は抵抗することをやめ、おれの下で時折嗚咽を漏らすだけだった。


 小娘には、このことは妻には内緒だと言い含めておいたが、妻の帰国後、すぐにばれてしまった。彼女が妻に喋ってしまったらしい。
 まあ、浮気がバレたことは決まりが悪いが、秘書たちのように妻公認の愛人もいることだし、たいしたことはないとおれは考えていた。大体、華族ともなれば、当主が妻の侍女に手を出すなんてことはよくあることだろう。
 ところが、おれの予想に反して、妻は怒っていた。おれと小娘は、屋敷の地下の一室に呼び出され、妻の前に座らされた。
 おれの隣では小娘が顔を覆って泣き続けている。いつもの白い大きなエプロンで、何度も顔を拭いていた。
 妻は、氷のような目でおれを見つめていた。
「あなたさまにはきつく申してあった筈です。外で何をなさろうと、それはあなたさまの才覚。ご存分になさいませ。ただし、内向きのことはこのわたくしの領分。あなたさまと言えども、勝手は許されません」
 妻は、おれに向かって冷たくそう言った。熱くなってわめき散らされたら、おれもそれなりに言い返すつもりでいたが、こんなに冷たい目で睨まれては、何も言えなかった。それどころか、おれは、恐怖を感じていた。妻の冷たい目に飲み込まれてしまいそうで、怖かった。商売で大企業の社長に睨まれたときだって、こんな気持ちになったことはない。
「しかも、この娘は、わたくしの侍女でございます。どうしても侍女が欲しくば、わたくしを通すのが道理。わたくしとて、あなたさまたっての願いとあらば、侍女を側室に差し出すこと、やぶさかではございません。なのに、わたくしの不在に何のことわりもなくこのようなことをなさるとは、これでは、妻たるわたくしの立場がございません」
「わ、悪かった。すまない。勘弁してくれ。もう2度としないから」
 おれは、必死に妻にあやまっていた。それ程、妻の氷のような目が恐ろしかったのだ。
「わかった。ごめん。何でもする。何でもするから、許してくれ」
 おれが必死に懇願すると、妻は、「わかりました」と言って、おれに向ける視線を和らげた。
「それではあなたさまには、罰を受けていただくことにいたします」
「罰?」
「はい。そして、もちろん――」
 そう言って、おれの隣で泣いていた小娘に顔を向ける。小娘が顔を上げて妻と向き合った。
「あなたにも」
 次の瞬間、おれは、妻と顔を合わせていた。
「?」
 なんだか、底知れない違和感を感じた。さっきまで、小娘の方を見ていた筈の妻が、いつの間にか、おれを見ていた。心なしか、妻の姿がいつもよりも大きく感じられた。
 おれは、隣に座っていた小娘の方を見た。
「え?」
 そこには誰もいなかった。小娘の姿ばかりか、彼女が座っていた椅子も消え失せていた。
「これは一体――」
 反対側から、声がした。男の声だ。この地下室におれ以外の男はいない筈だ。誰だろう、と思って、おれはそっちの方を見てみた。そこには、大柄な男が座っていた。
「ば、馬鹿な」
 そこに座っているのは、「おれ」だった。「おれ」は何が起きたのかわからないという感じで呆然としていたが、おれの方を見ると、表情を引き攣らせた。
「あ、あたし?」
 おれの姿をした男は、低い声でそう言った。
「ど、どういうことだ?」
 反対に、おれがうめいたその声は甲高いものに変わっていた。
「しばらくの間――」
 妻は、おれに顔を近づけて言った。妻がいつもよりも大きく見える。おれは直感的に、この威厳に満ちた女に逆らってはいけないと感じていた。
「あなたさまには、この侍女の体で過ごしていただきます」
「え?」
 おれは、妻の言っていることが理解できなかった。
「まだ、おわかりになっていないのですね」
 そう言うと、妻は、おれの目の前に手鏡を差し出した。
「ばかな……」
 鏡に映っているのは、妻の侍女。おれが手籠めにした小娘の顔が映っていた。
「ちょっと、貸してください!」
 横から野太い男の声がして、妻が持っている鏡を乱暴にひったくる。そのとき、男の体は、勢い余っておれにぶつかり、おれは、椅子ごと弾き飛ばされた。
「きゃっ!」
 床に倒れ込みながら咄嗟におれが上げた叫び声は、女のものだった。思わず、口に手を当ててしまうが、その手も、細くて白く華奢な手だった。おれは、手だけではなく、全身を見回してみた。おれは、胸に大きな白いエプロンをつけていた。侍女の小娘がいつもつけているものだ。おれは、エプロンの上から自分の胸を触ってみる。微かなふくらみ。一縷の望みを託して股間に手をやってみたが、あるべきものは、そこにはなかった。
 おれの体は、女になっていた。
 いや、おれは、あの小娘の体になっていると言った方がいいだろう。
 そして、恐らく、おれの目の前にいる「おれ」の姿をした男の中には、あの小娘が入っているのに違いない。
「どうして、こんな……」
「信じられませんか? でも、あなたさまの目の前にあるものこそが真実なのです」
 そう言って妻は、語り始めた。
 妻の家は、代々、朝廷で呪を扱う家なのだという。
 呪とは、人の寿命を縮めたり、人を意のままに操ったりする力のことらしい。信じ難い話だが、おれと小娘の体が入れ替えられたこの現状では、信じるしかない。
「とは言え、呪を扱えるのは、ほんの一握りの人間。一族全体で百年に1人出れば多い方だといいます」
 通常、この家の当主は、直系男子が継ぐが、呪の力を持ったものが生まれれば、そのものが傍系だろうが女だろうが、当主となるのだそうだ。
 当然、この力は、時の権力者に取っては、垂涎の的となる。事実、鎌倉末期には、この家に呪の力の強い女当主が現れ、幕府に災いをなしたため、鎌倉はあっけなく滅んだのだそうだ。
 以来、呪の力を持った者が現れると、家は栄え、その者が死ぬと、次第に衰退していくということを繰り返した。この家の当主は呪の力によって明治維新に貢献し、それまで下級の貧乏公家だったのが、一躍、華族になったということだ。
「わたくしは、そのとき以来、百年ぶりに力を持って生まれてきた者。この家の外向きの当主は亡きおとうさまであり、今では、あなたさまですが、内向きの、真の当主は、5歳のときからわたくしなのでございます」
 そう言って、妻はおれの目を覗き込んだ。おれは、妻の目から逃れられなかった。たとえ逃げようとしても、今のおれの体は、妻よりも小さく華奢になっている。
「あなたさまは、この家の禁を破ってしまわれたのですから、報いを受けなくてはなりません。しばらくの間、その体でわたくしの侍女として仕えていただきます」
「そ、そんな……」
「そして――」
 妻は、おれの姿をした小娘に向き直る。
「奥様――」
 小娘は、泣きそうな目で妻を見た。中身は小娘だが、姿かたちは「おれ」そのものだ。おれは、こんな情けない自分の姿を見せられる屈辱に耐え忍ぶしかなかった。
「あなたは、被害者といえば、被害者ですが、この家の禁を破ったということではやはり同罪。よって、しばらくの間、わたくしの夫、この家の外向きの当主として振舞ってもらいます。――大丈夫です。侍女としての煩わしい仕事は、一切する必要がありません。休暇だと思ってわたくしの夫としての立場を楽しみなさい」

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