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呪遣いの妻 02

 結局、おれは小娘と体を入れ替えられ、翌日から「侍女」として、振舞わされる羽目になってしまった。
 妻は、「しばらくの間」と言ったが、明確に期限を切らなかった。ビジネス上の話であれば、こんな期限もない口約束などないも同然なのだが、おれは、それに抵抗する術を持っていなかった。おれは、妻の持つ不思議な力で体を入れ替えられてしまったのだ。元に戻すかどうかは妻の心積もりひとつ。おれにできることは、妻の機嫌が早く直るよう、従順な「侍女」として振舞うことだけだった。


 おれはその日からおれたち夫婦の寝室ではなく、小娘の――使用人用の部屋で寝泊りすることになった。
 屋敷の改修工事で手は入れてはあるが、旧華族時代の使用人部屋をそのまま使っているため、部屋は狭く、簡易ベッドと古ぼけた机、それに小さなタンスがあるだけだった。風呂やトイレ、洗面所も使用人共用のもので、おれがいつも使っていた旧華族時代を思わせるような豪華なものとはまるで違う。本当に同じ建物の中かと思う程の差があった。不幸中の幸いなのは、使用人共用と言っても、ここの住み込みの使用人は小娘1人なので、実際にはおれ専用で使えるということぐらいだろうか。
 ひとりで小娘の部屋に戻り、机の上にある小さな鏡を手に取った。
 鏡の中では、顔立ちの整った少女が不安そうにこちらを見ていた。
 おれは、鏡の中の少女をきっと睨みつけた。すると、鏡の中の少女もおれを睨み返してくる。社内では、おれが不機嫌な表情を浮かべただけで緊張が走り、おれが誰かを睨めば、睨まれた者は顔面蒼白になって震え出すと言われている。それほどおれの威厳は絶対的で恐ろしいものなのだ。だが、今、おれの手元の小さな鏡に映っているのは、何の威厳も迫力もない、弱々しい娘の顔だった。こんな顔で睨まれても、誰もおれの威に服そうなどとは思わないだろう。場合にっては、却って劣情を催させかねない。
「はあっ」
 おれは、鏡を置いてため息をつく。
 信じられないが、このか弱い少女が今のおれなのだ。
 妻は、呪と言った。魔法とか妖術とか、あるいは、超能力といった類のものなのだろうか? 
 どういう理屈か知らないが、妻はその呪とやらで、おれと小娘の体を入れ替えってしまった。到底信じられない話だが、今の現状では、信じるしかない。妻は、その呪を使いこなすことができる能力者なのだ。
 おれは、呪について、考えてみた。
 恐らく、呪は今のおれたちみたいに、心と体を入れ替えるというだけの能力ではないだろう。呪というぐらいだから、人を呪い殺したりすることもできるのかもしれない。
 妻の言ったことが本当なら、この家に呪を扱う能力者が出た場合、それは、政変を起こさせるような強力な武器になったに違いない。要人を暗殺することもあったろうし、そんなことするまでもなく、権力者を別人と入れ替えてしまえば簡単に権力を手中に収めることができる。
 おそらく、事はそれほど単純ではないのだろう。いくらなんでも、道行く人を手当たり次第に呪い殺したり、体を入れ替えたりできるわけではないに違いない。呪を発動させるにはさまざまな条件が必要なのだろうが、おれと小娘の体を入れ替えたということは、おれや小娘がその条件を満たしてしまった、ということなのかもしれない。
(そう言えば)
 おれは、結婚前に妻との間で行なったさまざまな儀式を思い返していた。旧家の仕来たりということで、意味のよくわからない儀式をいくつもさせられたが、あれは、おれに対して呪を施せるようにするための儀式だったのではないだろうか。大体、今日だって、妻に浮気のことを問い詰められたぐらいで、あんな恐怖感を憶えるなんておかしすぎる。
 あるいは、あのとき、おれが恐怖のあまり「なんでもする」なんて口走ってしまったのがまずかったのだろうか。あの言葉によって、おれは、妻の呪を受け入れるようになってしまったのかもしれなかった。
 もう少し妻が執り行う儀式に真剣に向き合っていたら、こんなことにならずに済んだのかもしれないが、小娘の体に閉じ込められてしまった今となっては、手遅れだ。


 小娘の部屋の時計を見たら、夜の10時を過ぎていた。翌日は日曜日だったが、妻からは、6時に起きて屋敷周りの掃除をするように言われている。小娘が毎日やっている仕事らしい。
「なんで、主人のおれが?」と思うが、今の状況では仕方がない。取りあえず、明日は小娘として振舞うしかない。
 おれには、明日1日を乗り切ってしまえば、何とかなるという読みがあった。
 明日は日曜日だからいいが、あさってになれば、会社がある。いくら「おれ」の姿をしているからと言って、中身が小娘では、社長の仕事など何もできないだろう。きっとおれに泣きついてくるに決まっている。社長のおれがいなければ、会社の業務は滞る。おれのカリスマ性で持っている会社なのだ。おれなしでは、長くは持たないだろう。会社が傾いてしまっては、折角改修したこの屋敷を維持することもできないので、結局のところ、おれを元の体に戻さざるを得なくなる。
 それまでは、罰ゲームだとでも思って、「侍女」の仕事をこなすことにしよう。
 おれは、明日のために、風呂に入って寝ることにした。
 小さなタンスを開けて着替えを探す。寝巻きの類は見当たらなかったので、多分、ジャージを着て寝るのだろう。18歳の娘としては色気のない話だが、天涯孤独で就職したばかりの娘の持ち物としては、こんなものかもしれない。下着も、白で飾り気のないものばかり。適当に取り出して、風呂場へ向かった。
 洗面所を通り過ぎるとき、鏡で今の自分の顔を見た。本当に小娘の顔になっていることを改めて思い知らされた。
 浴室はユニットバスだったが、お湯が張られていなかった。当たり前だ。この家の使用人は小娘しかおらず、その小娘は「おれ」として妻と寝室に行ってしまった。使用人の風呂は自分で準備するしかない。おれたち夫婦用の浴室のようにボタンひとつで自動的に湯が張れるようにはなっていない。仕方なく、おれは自分で湯加減を調整しながら湯を張った。
 湯が溜まるのを待つ間に、脱衣所で服を脱ぐ。服の下から、小娘の裸体が現れた。
 肌の白さ、細やかさは、さすがに18歳のものだったが、胸も腰も未発達で、秘書たちの豊満な肢体を見慣れているおれからすると、完全に子供の体だった。一応、ブラジャーはつけてはいるが、そんなもの必要ないぐらい胸のふくらみは乏しい。サイズはAだった。
 ブラジャーを外してみたが、秘書たちのときのように、胸が開放されて揺れたりはしない。顔立ちも幼いため、せいぜい中学生ぐらいにしか見えない。
「はあ」
 おれは、ため息をついて浴室に入っていった。
 湯船に浸かると、途端に体がほぐれていくのがわかった。使用人用のユニットバスとは言え、結構な広さがあるのが救いだ。
 ――いや、そうじゃない。この小娘の体が小さいから、ユニットバスでも狭さを感じないだけだろう。
 試しに、胸や股間に手をやってみたが、特に何も感じなかった。秘書たちだったら、おれのフィンガーテクだけで艶かしい吐息のひとつも漏らすものだが、この小娘の体は、そこまで開発されていないのか、何の反応も見せなかった。
 調査会社によると、この小娘の体は、男を知れば、感じやすく、ベッドの上で乱れまくる淫乱な美女になるとのことだったが、この分では疑わしい。
 おれは、小娘の体を探索するのはやめて、浴室を後にした。


 翌日は、本当に「侍女」として妻にこきつかわれた。
 早朝から屋敷周りの掃除。それが終わると朝食の準備。もっとも、おれに大した料理ができるわけがないので、トーストと目玉焼きを焼いただけで誤魔化した。
「さすがに、ランチもディナーもこの調子というわけにはまいりませんね」
 至って質素な朝食を取り終えた妻は、そう言って、おれが昼と夜の食事を作ることを免除してくれた。それはそうだろう。おれの作った料理を食べるのは妻自身なのだ。これだったら、コンビニで弁当でも買ってきた方がましだ。
 取りあえず、今日の分は外食で済ませることにして、翌日以降は、通いの家政婦を雇って作らせるという話になった。食事が作れないので元に戻してくれるのかと期待したが、やはり、妻はすぐに戻す気はなさそうだ。
「では、あなたさま」
 妻は、小娘の姿をしたおれのことを相変わらず「あなたさま」と呼ぶ。
「本日は『夫婦』で出掛けますので、家事のことはよろしくお願いいたします」
 そう言って、妻は、おれの姿をした小娘を連れて、どこぞへ出掛けていった。
 ひとり屋敷に残されたおれは、広い屋敷の掃除から洗濯まで家事を延々こなしていった。やりかたは小娘から聞いていたが、思った以上の重労働だった。非力な小娘の体ということもあるのだろうが、仕事はちっともはかどらない。こんなことを毎日やっていたら、そのうち、体が壊れてしまいそうだ。まあ、まがりなりにも小娘はこの体で家事をこなしてきたわけだから、おれのやり方に問題があるのだろうが。
 朝食の後片付けをして、洗濯をする。
 おれたち夫婦の寝室のシーツを替えようとして、おれは、そのことに気が付いた。
(あの2人――)
 昨夜、おれの体をした小娘は、おれの体で妻を抱いたらしい。
 確かに、妻は小娘に対して、「おれ」として振舞うように言った。
 だが、セックスまでする必要があるのか?
 ゴミ箱を漁ってみても、避妊した様子はない。
 もしもこれで妻が妊娠してしまったら、生まれてくる子供は誰の子なんだ?
 肉体的には「おれ」の子であることは間違いないが、元の体に戻ったとして、その子が本当におれの子と言えるのだろうか?


 翌日、おれは小娘の体のまま、「おれ」の姿をした小娘を連れて会社に行くことになった。
 名目は「臨時秘書」ということだが、明らかに変だろう。過去にも、臨時秘書を連れて行ったことは何度もあるが、今のおれの姿は、これまで連れて行った女とはまるで違っている。今までのおれの好みからして、貧弱な体つきの18歳の普通の少女を気に入るなんて事はありえなかったが、ここは社長の気まぐれで通すしかない。
「これが本日のスケジュールとなっております」
 いつものように秘書室長がスケジュール表を持ってくる。ただし、渡す先はおれじゃなくて「おれ」の姿をした小娘に対してだ。
 おれは、レディーススーツを着せられて、小娘の後ろに立っている。黒を基調としたフォーマルなタイプのスーツだ。女子大生が就職活動で着ているような奴だ。多くの女子大生と同様に、いや、それ以上に似合っていない。子供が無理矢理大人の服を着ている感じがして、滑稽にさえ思える。
 小娘がこんな服を持っているわけはないが、どうやら昨日妻と出掛けたときに買ってきたらしい。さすがにサイズはぴったりだが、スカートが短いのが頼りない。基本的に秘書室ではスカートはミニなのだ。もちろん、おれの好みでそうしているのだが、それはおれが見て楽しむためであって、おれが身につけるためではない。今更ながら、秘書たちはこんなものをよくはいているものだと感心する。
 臨時秘書については、事前におれが打ったメールで知らせてあるので、小娘の姿をしたおれが入っていっても制止されることはなかったが、どう見ても、社長の守備範囲外としか思えない今のおれを、秘書全員が猜疑の目で値踏みしているのがわかる。「愛人ではなくて隠し子か?」ぐらいのことは思っているだろう。
 小娘の姿をしている方がおれなのだということを言ってやろうかとも思ったが、さすがにそんな話、だれも本気にしないだろう。いや、それ以前に、この会社の専制君主であるおれが、こんな小娘の姿になってしまったなどということが知られてしまったら、と思うと、とてもそんなことは言えない。小娘も昨日みたいによよと泣き出してしまうだろう。たとえ、中身が小娘だとしても、「おれ」のそんな姿を秘書たちに見せるなんて、おれのプライドは耐えれない。
 仕方がないので、取りあえず、小娘と一緒に社長室に籠もることにした。いつもは1人で社長室に向かうおれに、今日はじめて来たばかりの小娘がついていくということで、秘書たちの目が一斉におれを睨んだ。
(ひっ)
 彼女たちの目は、おれが社長の時には見せたことのないような鋭く冷ややかなものだった。
 おれは視線に耐え切れず、小娘の後を追うようにして、社長室に逃げ込んだ。
 社長室のドアを閉めると、おれは、小娘からスケジュール表をひったくって、目を通した。午前中に会議がひとつ入っていて、午後は傘下に入れた部品会社の社長が面会に来る。おれは、会議の方は欠席。午後の面会は他の重役にやらせることにして、その旨メールで秘書室長に指示した。
「取りあえず、人と会う仕事は全部キャンセルしておいた」
 そう言って、おれは社長席にどっかと腰を下ろした。いつものようにふんぞり返ってみたが、ミニスカートから覗く自分の生脚が気になって仕方がない。
「あ、ありがとうございます」
 小娘は、弱々しくそう言った。頼むから、「おれ」の情けない顔を見せないでくれ、と昨日から何度も言っているのだが、中身は18歳の小娘なのだ。いきなり、こんな大きな会社の社長室に連れてこられて、「威厳ある態度を持て」と言われたって無理だろう。何とかボロを出さないようにするには、極力人と会わせず、喋らせないようにするしかない。
「まあいい。あとは、奥の居間で適当に休んでろ」
 仕事は、おれが目を通して決済しなければならない書類が山程あるが、これは、今の体でもできる。
「あの、旦那さま」
 社長室に座って、机の高さに難儀しながら決済書類に目を通していると、小娘がやってきた。「おれ」と「小娘」の身長差は30センチ以上。座っているところを見下ろす姿は巨人のようだ。
 身長150センチの小娘になってしまったおれだが、感覚的には183センチのままのつもりなので、今の「おれ」は2メートルを遥かに超える巨人に見える。
「な、何だ?」
 おれは、「巨人」に見下ろされて、思わず萎縮しそうになる。
「もし、何もやることがないのでしたら――」
「ああ。奥にキッチンがあるから、コーヒーでも淹れてくれ」
「いえ。奥様から、そういうことはしないように言われてます」
 妻の奴は、あくまで小娘を「社長」、おれを「侍女」として振舞わせるつもりなのだ。
「何だ? おれにお茶でも淹れろというのか?」
「いいえ。そうではなくて、その……」
 小娘は言葉を濁すと、なぜか赤くなった。「おれ」の姿で赤くなって恥ずかしがっているのを下から見上げるというのは、思った以上に気色悪い。
「秘書の方をここへお呼びしたいのです」
「秘書を呼んでどうするつもりだ?」
 おれと小娘が入れ替わっていることを悟らせないためには、なるべく他人との接触を避けるべきだ。だから、特別な用がない限り、秘書もこの部屋には入れないようにするということは小娘にはあらかじめ話してある。
「奥様のご命令です。時間のある限り、秘書のお姉さま方に指導してもらうように、と」
「指導って……」
 おれは、赤くなったままの小娘の顔を見て、その意図することに気付いた。
「奥様が申されるには、わたしには、経験が足りないのだそうです」
「何だと?」
 小娘の言葉がまた詰まる。
「早く、奥様を……その、満足させられるようになれ、と」
 小娘は、真っ赤になりながら、ようやく、それだけ言った。
「要するに、秘書にセックスの実地訓練をしてもらえ、ということか」
 おれの言葉に、小娘は顔を覆った。
「フッ」
 おれは、思わず笑みを漏らした。
 結婚するまで処女だった妻は、最初は、おれの下で痛みに耐えているだけだったが、最近になって、セックスに快感を感じるようになってきたというのは、おれにもわかっていた。自尊心の強い妻は、決して口には出さないだろうが、イタリア旅行の間も、おれに抱かれることを待ちきれずにいた筈だ。
 それが、今回のことで、おれは「侍女」の体に閉じ込められ、「おれ」の体には小娘を入れた。2人の体を元に戻すまで待ちきれなかった妻は、「おれ」の体をした小娘に抱かれたのだろう。小娘の「おれ」がおれと同じように快感を与えてくれるのではないかと期待して。
 だが、期待は見事に裏切られた、というわけだ。
 それはそうだ。おれのテクニックは、20年近く掛けて積み上げてきたものだ。いくら体が同じだからといって、昨日今日男になったばかりの小娘に負ける筈がない。
「ということで、秘書のお姉さまたちの呼び出し方からお願いします」
 いいだろう。おれは、秘書を呼び出すときのお決まりの台詞を小娘に教えた。秘書が来てからの振舞い方や、抱くときの手順も、秘書たちが不審を抱かないように事細かに伝授した。まあ、この決して頭がいいとは思えない小娘が、それをいちいち憶えていて、守れるかどうかは、疑問だが。
 小娘は、内線で秘書室長を呼んだ。実地訓練なら、一番年上で経験豊富な彼女が適任だろう。
 小娘が奥の寝室に消えると、おれは、社長席から、秘書用のデスクに移った。「おれ」に呼ばれた秘書室長がこの部屋を通る筈だから、社長席で偉そうにしているわけにはいかない。
 秘書用のデスクに座ってみて、社長用の机よりも使いやすいことに気付いた。秘書用のデスクは、「おれ」ではなくて、秘書たちの体に合わせた高さになっているため、こちらの方がこの小娘の体には合っていて使いやすいのが、何だか悔しかった。もっとも、合っている、と言ってもそれは比較上の問題で、小柄な小娘の体には、若干高かったのだが。
 パソコンの資料に目を通していると、秘書室長が入ってきた。途端に目が合った。
 相変わらずのいい女だ。おれが彼女を最後に抱いたのは、10日ほど前のこと。それが今日は「おれ」の体をした小娘に抱かれるのだ。美人で仕事もできるだけあって、プライドも高い。恐らく、小娘の「おれ」はそんな彼女を満足させられないほど、稚拙なセックスをするだろう。当然、彼女は「おれ」に対して失望する。場合によっては、秘書室長はすぐに出てくる可能性もあるなと、おれは踏んでいた。そう思うとやりきれなくなり、おれは秘書室長から目をそらして、パソコンに向かった。
「何も、仕事をする振りなんてしなくていいのよ」
 彼女の口調は、いつも社長のおれに対していたときよりも、厳しいものだった。厳しさの中に、いくらかの敵意も混じっているかもしれない。
「パソコンなんて見てたって、どうせ何もわからないでしょう」
 彼女の方に視線を移すと、明らかに値踏みするような目でこちらを見ていた。彼女にしてみれば、今のおれは社長が気まぐれに連れてきた若い愛人候補、ぐらいのものだろう。ただし、明らかにおれの趣味から逸脱しているタイプの女なので、何か裏がないか、見極めようとしているのだ。
「適当に寛いでいればいいわ。――ただし」
 そう言って、彼女はおれを睨んだ。
「あたしが出てくるまで、この部屋には絶対に入らないこと。いいわね」
「は、はい」
 おれは、思わず返事をしてしまった。おれの返事を聞くと、彼女は満足したような笑みを浮かべて、部屋の奥――「寝室」へと消えた。


 ふたりが「寝室」に消えた後、おれは、山程溜まっている資料に目を通して過ごした。社長席に戻ろうかとも思ったが、秘書席の方が使いやすいのでそのままの場所で仕事をした。「寝室」で行なわれていることに興味がないわけがないが、秘書室長が入っていくときに鍵を掛けた音がしたので、今のおれには何もできなかった。
 まあいい。
 男になったばかりの小娘が、妻を満足させられるようなテクニックを身に着けるには、いくら経験豊富な女に指導してもらったからとしても、1度や2度では無理だろう。だが、今の「おれ」の精力は1日1回が限度。しかも、何日も続けてやれるわけでもない。となると、小娘が妻を満足させられるようになるまで、1週間や2週間では無理だ。それまで妻は小娘の稚拙なセックスで我慢しなければならない、ということになる。
 だからと言って、妻がおれと小娘の体をすぐに元に戻してくれるかどうかは疑問だが、少なくとも、おれが元の体に戻るためのちょっとした武器にはなるだろう。
 そんなふうに考えて、おれは、高みの見物を決めこむことにした。
 やがて、秘書室長が「寝室」から出てきた。小娘とのセックスがどうだったのか、彼女の表情から窺い知ることはできない。彼女は、おれには一瞥もくれなかった。当然だ。あの秘書室長が、どこの馬の骨ともわからない小娘に内面をさらけ出すような表情を見せる筈がない。
 秘書室長が秘書室に戻っていくと、おれは、「居間」を通って「寝室」へと駆け込んだ。中では、「おれ」の姿をした小娘が、ベッドに腰掛けて紅茶を飲んでいるところだった。
「あ、旦那さま。お茶をいただいてます」
 小娘が呑気にそう言った。見ると、ベッドサイドには空のカップが1つ。秘書室長が淹れて、2人で飲んだということなのだろう。
 小娘は、上半身裸。下半身にはタオルがかかっているが、パンツははいていないようだ。
 おれは、そんな「おれ」の姿を見て、ちょっと怖くなった。
 だって、そうだろう。おれよりも30センチもでかい「巨人」がほぼ全裸で目の前にいるのだ。しかも、今のおれの体は紛れもなく女。向こうがその気なら、何一つ抵抗できずに陵辱されてしまうだろう。そう。この間、小娘がおれにそうされたように。
 おれは、秘書室長のセックスがどんなだったか訊いてやろうと思っていたのだが、「おれ」の姿を見て、そんなことはとても口に出せないと思った。
「やっぱり、次の人を呼ぶ前に、シャワーぐらい浴びた方がいいですよね」
「次の人って、おまえ、まだやるつもりか?」
 おれがそう問うと、小娘は、平然として言った。
「奥様からは、時間の許す限り、教えてもらうように言われてますから」
「だけどな、男はそんなに次から次へとできるものじゃないぞ」
 特に、今の「おれ」の体はな、と心の中で付け足す。
「そうなんですか?」
「だって、やる気があったって、体がついてこないだろう。多分、今日1日はまともに勃たないぞ」
 そもそも、1人抱いたら、当分、次の女を抱こうなんて気にはならない筈だ。
「でも、旦那さまのここ、まだ元気ですよ」
 そう言って小娘は自分の下半身を覗き込んで、「ほら」と下半身にかかっているタオルをぎゅっと押さえつけた。タオルの形で「おれ」の体の下半身がどんな状態になっているか、よくわかった。
「秘書室長さん、でしたっけ。すごくきれいで、すごく気持ちよくて、終わったときはものすごい満足感だったんですけど、少ししたら、また誰か女の人を抱きたいなあって――こんな風に考えるのって、変でしょうか?」
 小娘にそんなことを言われて、おれは、思わず後ずさる。さっきまでは、セックスに関することを話すのにもいちいち赤くなっていた小娘だったが、秘書室長と一戦終えて、箍が外れたのかも知れない。女を抱くことを覚えて、妙に自信をつけてしまった若い男によく見られる傾向だ。
 どちらにしても、おれには良くない兆候だ。「また誰か女の人を抱きたい」って、取りあえず、一番近くにいる「女」はおれなのだ。おれは、真剣に身の危険を感じていた。
「とっととシャワー浴びて、次の子に電話しろ。手順とか振舞い方はさっきと同じでいいから」
 おれは、それだけ言うと、逃げるように「寝室」を後にした。
 次の相手、副室長が「寝室」から出てきた時点で、昼を大きく回っていた。
「おなかすいちゃいましたね。ご飯にしましょう」
 副室長が社長室を去った後、遅れて「寝室」から出てきた小娘がそう言った。この間まで、おれとはまともに口もきけなかった小娘が、気軽におれに話しかけてくる。逆に、おれの方が小娘に力づくで襲われるんじゃないかと緊張を強いられている。不条理な話だが、どうにもならない。
 昼食は近くの中華の店からランチの出前を取った。いつもなら、今日みたいに時間に余裕のある日は、秘書たちを引き連れて食べに行くのだが、今のこの状況ではそんなわけにもいかない。社長室で、ふたりだけで昼食を取った。
「うわあ、すごい。何ですかこのスープ。こんなおいしいもの、初めてです」
 小娘がフカヒレのスープを一口飲んで、そう言った。
「あたし、チャーハンとギョーザぐらいしか食べたことなかったから、中華料理がこんなにおいしかったなんて知りませんでした」
 そりゃあ、うまいに決まっている。5000円もするランチだからな。
 小娘と体を入れ替えられてから、食事は使用人用のものばかりで、ろくなものを食べていない。久しぶりにまともなものを食おう、と思って、贔屓にしている店のランチを取ったのだが、いざ食べようとすると、食欲がない。
 元々、小娘の体は小柄で小食な上、今日は朝からデスクワークばかりで、ちっとも体を動かしていないから、昼過ぎと言っても、全然腹が減っていないのだ。おれは、スープとサラダを少し食べただけで、箸を置く羽目になった。5000円のうち、1000円食べたかどうかというところだろう。
 逆に「おれ」の体の小娘は、朝から秘書たちを抱いて体を動かしているせいか、食の進むこと。結局、おれが残した分もきれいに平らげてしまった。
「ああ、おいしかった。やっぱり、男の人って、たくさん食べられていいですね。旦那さまはいつもこんなおいしいご飯食べてるんですか? 昨日、奥様と一緒に行ったイタリアンのお店もおいしかったし、さすがは社長さんですよね。こんなおいしいものを毎日食べられるんだったら、あたし、ずっとこのままでもいいかな、なんて思っちゃいます」
 冗談ではない。
 そりゃあ、朝から極上の女を抱いて、うまいものを食っていればご機嫌だろうが、それで務まるほど社長業は甘くない。そもそも、小娘は、今日はまだ何も社長としての仕事はしていない。書類の決裁だって、全部おれがやっているのだ。そんなことを言うのなら、試しに、午後は、小娘に午前中おれがやっていた仕事の続きをやらせてみようか、とも考えたが、それでは会社が回っていかないので、諦めざるを得なかった。
 食後にコーヒーを飲んでしばらく休息した後、小娘は、次の秘書を呼び出すと言い出した。
「おい、大丈夫か?」
「何がです?」
「だって、もう3人目だぞ」
 小娘が「おれ」の顔できょとんとしている。
「さすがに、もう勃たないだろ」
「そうなんですか?」
 小娘は、下を向いて自分の股間を見つめている。 
「大丈夫だと思いますよ」
 そうなのか? 今日1日で3人目だぞ。2人だって、ここしばらく経験がないのに、3人なんていったら、何年ぶりか。
「呼んでおいてから、勃ちませんでした、なんてのはやめてくれよ」
「どうして?」
「だって、そんなことになったら、男の沽券にかかわるだろう」
 そうでなくても、この会社の専制君主としては、おれは、誰にも弱みを見せるわけにはいかないのだ。だから、小娘と入れ替わってしまったことも、ひた隠しにしている。
「大丈夫ですよ。多分」
 小娘は、能天気にそう言って、「寝室」へと消えていった。


 結局、小娘は、3人目どころか、4人目の秘書にまで声を掛けた。1日で秘書全員を抱くというわけだ。こんなことはかつてないことだ。
 しかし、こうなると、逆に不審に思えてくる。
 これまで、1日1回がやっとだった「おれ」が立て続けに4回もだなんて、ありえない。中身がおれから小娘に変わったことで、物珍しさから、興奮しやすくなったりしているのだろうか? それならそれで、おれとしては「男」として小娘に負けたみたいで、悔しいものがある。
 あるいは――。
 小娘の「おれ」が実際には秘書たちを抱いていないか、だ。
 いくら「おれ」の体だとは言え、中身は18歳の小娘なのだ。男の体で女を抱くなんて、抵抗があるだろう。だから、秘書たちとは本番まではやっていないんじゃないか。せいぜい、胸の揉み方や愛撫の仕方を実地で教えてもらっているだけなのではないか? そう考えた。
 だが、今それを確かめる術はない。
 もちろん、秘書たちは、「寝室」の中で何が行なわれたかは知っているが、おれがそれを問い質す訳にはいかないし、訊いたからといって、小娘の姿をしたおれに正直に答えてくれるとは思えない。
 小娘が、4人目の秘書を相手にしている頃、おれは、トイレに行く振りをして社長室から出ることにした。
 秘書たちが「寝室」で行なわれたことについて、何か話しているところを立ち聞きできないかと考えたのだ。
 社長用のトイレは、「居間」や寝室に併設されているバスルームにあるのだが、今は鍵が掛かっていて入れない。社長室から秘書室を抜けて、総務部の脇を通って外に出ないといけない。
 午前中に、1度だけトイレに出たのだが、そのときは、酷い目にあった。秘書室を出たところで、たまたますれ違った総務部長におれの短いスカートから覗く脚をいやらしい目で舐めるように見られたのだ。張り倒してやろうかと思ったが、臨時秘書の立場ではどうにもできない。この総務部長のボーナスの査定を下げてやることを心に誓うだけだった。
 恥ずかしい思いをしてたどり着いたトイレだが、女子トイレに入らなければならないのは屈辱だったし、洗面台に向かって化粧を直しながら雑談している総務の女子社員に睨まれたのも不快だった。秘書室と総務部の仲が悪いらしいということは噂に聞いている。総務部の女たちに取っては、体を売って高給を得ている秘書室の女は売春婦も同然という感覚なのだろう。もちろん、行き帰りには、その秘書室を通ったのだが、秘書の面々にも好奇の目で見られた。
 中学生にしか見えない小娘の体は、会社の中では浮きまくっている。短いスカートで会社の中を歩き回るというのは、小娘姿のおれを晒し者にするだけだということがよくわかった。だから、もう外のトイレには行くまいと思って、トイレは、秘書たちが「寝室」に出入りする合間に済ませていた。
 だがここは、秘書たちが「寝室」で何をやっていたのか、どうしても知りたい。恐らく、秘書同士で何らかの話ぐらいはするだろう。その会話の中に割って入ることはできないだろうが、話を小耳に挟むことぐらいはできるかも知れない。
 いっそのこと、問い質してやってもいい。姿は小娘になっているおれだが、おれは、ベッドの上での痴態など、秘書たちの弱みもいくらでも握っている。それを、ちゃんとおれらしく威厳を持って喋れば、この体でも秘書たちを屈服させることぐらいできるだろう。そう思って、おれは秘書席を立った。
 なるべく音を立てないように社長室のドアを開けた。案の定、秘書たちは何やら喋っている。おれは、そっとドアの外に出て、静かに秘書たちに近づいていった。
「あら、何か用?」
 もう少しで話の内容が聞けるというところまで行った所で、秘書の1人に気付かれた。秘書たちの話が中断された。
 取りあえず、秘書たちが話す内容を盗み聞きするということはできなかった。
 ならば、直接聞き出すまでだ。高圧的な態度に出て機先を制してやろうと思って、秘書たちの座っている机の前に立った。元の体なら、これだけで秘書たちは立ち上がって直立不動の姿勢を取る筈だ。
「何?」
 秘書室長は座ったまま、こちらを睨み返してきた。視線が怖い。
 目をそらして、残る2人を見ると、彼女たちが立ち上がった。
 おれは、自分より20センチも背の高い大女たちに見下ろされた。
 おれも、負けじと下から睨み上げたが、最後に秘書室長が立ち上がって、おれを睨んでくると、おれの体は竦んでしまった。
「トイレです」
 何とか、それだけ言った。
 おれは、秘書たちに背を向けると、逃げるように秘書室を出た。
(ふう)
 秘書室を出て、一息つく。
 怖かった。
 いつもは、おれの下で嬌声を上げている秘書たちが怖くて仕方がなかった。小さな体になって、上から見下ろされるということが、こんなに怖いものだとは知らなかった。
 おれは、仕方がないので、言葉通りトイレに向かう。
 総務部の脇を歩いていると、男がみんなおれのことをいやらしい目つきで見ているような気がした。この日履いている女物の靴は、ヒールが高くて歩きにくい。これも、昨日妻と小娘が買ってきたものだった。加えて、短いスカートは、少しでも大股に歩くと、中のパンツが見えてしまいそうなので、小さな歩幅で歩かざるを得ない。いつもなら大股であっという間に通過してしまう総務部の脇を、おれは下を向いて俯いたまま、ゆっくりと歩いていた。
 ドン。
 前を見ずに歩いていたら、向こうから来る奴とぶつかった。こんなことは初めてだ。この会社では、目をつぶって歩いていたって、社長のおれの姿を見れば向こうから避けていくからだ。
 ぶつかった拍子にバランスを崩したので、踏ん張ろうとしたのだが、踵から脚をついたのがよくなかった。踵の高さに慣れていないため、却ってバランスを崩した。片脚を高く跳ね上げて、背中から倒れそうになる。
「あっ、危ない」
 床に倒れてしまう、と思って衝撃を覚悟したそのとき、背中が何者かに受け止められた。
「はあ、危なかった」
 気が付くと、おれの体は浮いていた。おれの目の前には若い男の顔があった。確か、この顔は総務部の新入社員だ。おれは、そいつに、いわゆる「お姫様抱っこ」をされている状態だった。
「ちゃんと前向いて歩かないと、危ないよ」
 おれを抱えたままそいつが言った。膝のところで抱え上げられているため、スカートの中が見えそうになっている。
「は、離せ!」
 おれは、体よじって、男の腕から逃れようとするが、小柄で非力な小娘の力では、どうすることもできない。
「口の悪い子だなあ」
 そう言いながら、新入社員は抱いていたおれを床に下ろした。下ろすときに、腕がスカートにかかって、パンツが見えそうになる。
「うるさい。お前こそ――」
 社長に向かって、その口の利き方は何だ、と言おうとしたが、今の体でそんなことを言っても馬鹿にされるだけなので、出かかった言葉を呑み込んだ。
「お嬢ちゃん、前見て歩かないと、またぶつかるぞ」
 そう言って、新入社員はおれの頭をぽんぽんと撫でた。
「こ、子ども扱いするな!」
 おれは、そう言って、総務部の通路から駆け出した。いたたまれなくなって、そこから逃げ出したのだ。
 おれは、女子トイレの個室の中に駆け込んだ。
 洋式便器に腰掛けると、途端に涙が出てきた。
(おい、何を泣いてるんだ、おれ)
 止め処なく涙がこぼれてくる。涙を拭うおれの手は、白くて細かった。
 無理矢理はかされた短いスカートから覗いているのは、女の脚だった。
 どれも、今のおれの無力さを物語るものだった。
(何で、おれが、こんな目に――。おれは、この会社の社長だぞ)
 そう心の中で叫んでみても、この小娘の小さな体ではどうすることもできなかった。


 しばらく泣いて、ようやく涙が止まった。こんなに涙もろいのは、絶対にこの体のせいだ。子供の頃だって、おれは涙を流して泣いたことなんてない。
 個室の中で聞き耳を立てた。トイレに誰もいないのを見計らって外に出て、洗面所で顔を洗った。化粧は薄い口紅だけだったので助かった。今のおれでは、化粧の涙の跡を直すなんてとてもできなかっただろう。
 おれは、急いで社長室に戻った。途中の秘書室で、何か呼び止められた気がしたが、無視した。
 社長室は無人だった。小娘は、まだ4人目の秘書と一緒なのだろう。
 おれは、秘書席で社内文書に目を通して時間を潰した。何かしていないと、また泣き出してしまいそうで、怖かった。
 外が暗くなりかけた頃、「寝室」から秘書が出てきた。中で何があったのか、表情からではわからない。
 一瞬目が合ったが、彼女は「フン」と小馬鹿にするような笑みを浮かべて、社長室を後にした。彼女は、秘書たちの中で一番若いことが売りなのだ。なのに、「おれ」が彼女よりももっと若い女を連れてきた。それで、小娘の姿のおれに少なからぬ敵意を抱いているのに違いない。
 彼女が社長室から消えると、おれは大急ぎで「寝室」に向かった。
「あ、旦那さま。今日のお勉強は無事終わりました」
 小娘は、ベッドに寝転がっていた。何も身に着けていない。午前中見たときみたいに、タオルで下半身を隠したりもしていなかった。「おれ」のペニスは力を失っている状態だった。それを見て、おれはほっとした。
「お姉さま方に教えてもらうことがたくさんあって、大変でした。やっぱり、お屋敷のお仕事とは全然違いますねぇ」
 小娘は、裸で寝転がったままベッドから動こうとしない。少しけだるげな表情だ。やっぱり、この感じは、本番をやっているのだろうか。
 小娘はしばらくそこでのんびりしていたそうだったが、この小娘をいつまでも会社の中に置いておくわけにはいかない。定時になったら、ボロが出る前にさっさと会社から追い出したほうがいい。
「もう夕方だ。帰るぞ」
 そう言って、床に脱ぎ散らかしてあった服やら下着やらを拾い集めてベッドの上の「おれ」の姿をした小娘目掛けて放り投げる。
「ええっ、もうこんな時間ですか」
「ほら、さっさと着ろ」
 おれがそう言うと、小娘がベッドの上で起き上がる。
「でも、もうひと仕事ありますよ」
 小娘が「おれ」の顔でにやりと笑った。
 おれの背中をぞくりと冷たいものが流れた。おれは、恐る恐る問い質す。
「何だ、もうひと仕事って?」
「折角、お姉さま方に教えてもらったんだから、その成果を試さないと」
「試すって……」
 突然、「おれ」の姿をした小娘がおれ目掛けて飛び掛ってきた。
 おれは、一目散に逃げようとした。だが、慣れない小娘の体。しかも、ヒールの高い靴を履かされている。3歩と進まないうちに、おれはバランスを崩して、床に転がった。
「すごい。奥様の言ったとおり」
 倒れたおれに全裸の男がのしかかってきた。
「この靴だったら、逃げようとしても、すぐに転んで捕まえられるからって言ってたんですよ。さすがは奥様ですね」
 おれは、完全に小娘に押さえつけられてしまった。押さえつけている「おれ」の顔を見上げた。その顔は、「おれ」とは思えないぐらいの無邪気な顔だったが、それが底知れないほど恐ろしかった。
「うわあ、あたしってちっちゃいんですね」
「離せ!」
 おれは、逃げようと全力でもがくが、上に乗られて両腕を押さえつけられては何もできない。「おれ」の体重は、小娘の倍はある。
「ふうん、女の子を押さえつけるのって、簡単なんですね。あたし、力なんて全然入れてないのに動けないんだ。――それじゃ、行きますよ」
 小娘はそう言って、おれを軽々と持ち上げた。
「あれっ、あたしって、こんな軽いんだ。やっぱり、お姉さま方とは違うんだなあ」
 秘書たちを同じように抱いてみた、ってことか。意識の奥でふと思ったが、この際、そんなことはどうでもいい。
 おれは、抱きかかえられている間も抵抗を続けたが、小娘は、難なくおれをベッドまで運んだ。
「旦那さま、ごめんなさい。奥様の命令なので、あたしには逆らえないんです」
「命令って?」
 答えはわかりきっていたが、訊かずにはいられなかった。
「今日は、時間が許す限り、秘書のお姉さま方を抱いて、教えてもらうよう、言われてたってことは話しましたよね。秘書さんたちは時間があればで良かったけど、旦那さまに関しては、どんなに時間がなくても、最後に必ず抱くようにというご命令なんです。あたしは旦那さまを抱かないと、今日は帰れないんです。だから、あきらめて、抱かれてください――さあ、まずは服を脱がせますから、おとなしくしてくださいね」
 そんなことを言われておとなしくできるわけがない。おれは小娘のか弱い体で必死に抵抗を続けた。
「もう、やりにくいですねえ。おとなしくしないのなら、あたしにも考えがありますよ」
 小娘はそういうと、おれの頬を平手で思い切り叩いた。
「え――」
 首がもげそうなぐらいの衝撃を感じた。突然のことに、おれは呆然となった。続けざまにもう一発。今度は反対の頬に平手が飛んできた。
 おれは、抵抗するのをやめた。動けなかったのだ。少しでも動いたら、おれを押さえつけているこの大きな男に殴られる。そう思うと、体が動かなくなった。
「あれ、どうしたんですか、動かなくなりましたね。さっきまではあんなに元気だったのに」
 おれの上で、屈強な男が無邪気な表情を浮かべて喋っている。姿形は確かに「おれ」だが、おれはその男のことを見知らぬ男のように感じていた。見知らぬ男に組み敷かれ、殴られて、指一本動かすこともできなくなっていた。
「それじゃ、まずは靴から脱ぎますよ――」
 おれは、ベッドに横たわって、無抵抗のまま、小娘に服を脱がれされた。
「自分の顔を見ながら服を脱がすなんて、何だか不思議な感じがします。でも、こうして見ると、あたしって、意外とかわいいですね。これなら、秘書さんたちと案外いい勝負じゃないですか。奥様相手なら勝てますよ。え? あ、今の、聞かなかったことにしてください。奥様に言っちゃ駄目ですよ。あたしの方がかわいいだなんて――」
 小娘は、上機嫌でおれの服を脱がしているが、おれの耳には小娘が「おれ」の声で喋っている内容は届いていない。「おれ」の野太い声が音として伝わってくるだけだ。おれの心は恐怖感と絶望感に支配されて、早くこの恐ろしい時間が過ぎ去ってくれと震えているだけだった。
「うーん。意外とボタン外すのは難しいですね。ブラウスのボタン、ちっちゃいですもんね。旦那さまの指が大きいから、余計にそう感じるのかな。――あ、ボタン取れちゃいました。軽く引っ張っただけなのに。やっぱり、旦那さまの体って、力持ちですね。さっきも、秘書さんのストッキングを軽く引っ張ったら、破けちゃったんですよ。怪力さんになったみたいです。え? 気付きませんでした? さっきの秘書さん、ストッキングの色、朝と違ってたでしょ。駄目ですよ。旦那さまも女の子なんだから、そういうところはチェックしとかないと。――それにしても、ボタン、めんどくさいですね。ええい。いっそのこと、それ!」
 そう言うと、「おれ」の姿をした小娘は、おれが着ていたブラウスを力任せに両側に引き裂いた。ブチブチという音がして、ブラウスのボタンが盛大にはじけ飛んだ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。このブラウスはもう着られませんけど、ブラウスは奥様に何着も買っていただきましたから。あ、ひょっとして、こうなることを見越して、何着も買ってくれたんでしょうか。え? 今日の帰りですか? ――それは考えてませんでしたけど、まあ、何とかなりますよ」
 ブラウスを脱がされると、あとは下着を剥ぎ取られて、あっという間に全裸にされた。
 おれは、焦点の合わない目で、「おれ」をぼんやりと見上げていた。
「うわあ、あたしって、こんなかわいいんだ。お肌なんか、秘書さんたちよりも白くて、ずっときれいだし、細くて、意外とスタイルいいんだ。よおし、それじゃ、行きますよ。まずはキスから」
 小娘の野太い声が途切れた。
 目の前。至近距離に何かがあった。
 おれの唇がなにかで押し潰され、無理矢理こじあけられた。
 わずかに開いた唇の隙間から、何かがおれの中に侵入してきた。
 それで、ようやくおれは我に返った。
「ん、んっ」
 おれは振ってそれから逃れようとしたが、叶わなかった。おれのこめかみが両側から何かによってがっしりと押さえ込まれていたからだ。
 おれの目の前にある黒いものが動くのが見えた。
 目玉だ。
 おれは、誰かと顔を突き合わせていた。それは、「おれ」だった。
 おれの唇から侵入した何かが、妖しくおれの中で蠢いていた。
 それでようやく、おれは状況を理解した。おれは「おれ」にキスされていたのだ。
「ぷはあー」
 突然、口の中から侵入者が消えた。
「どうでした、今のキス。自分では結構うまくできたと思うんですけど」
 そんなこと言われても、わかる筈ないし、それどころではない。何とかこの状況から逃れないといけないが、「おれ」に上に乗られたのでは、か細い小娘の体ではどうしようもない。
「さあ、どんどんいきますからね」
 小娘は、おれの首筋に舌を這わせてきた。
 ねっとりとした感触が、首筋から伝えられてくる。
「やっ、やめろ」
 相変わらず体は動かない。声で対抗しようとするが、その声も、少女の力ない声だった。
「それじゃ、次は、おっぱいですね。――あれ?」
 小娘の手の先が、おれのふくらみかけの乳房に軽く触れた。
「何、これ。あたしのおっぱい、全然、ないですよ。これじゃ、お姉さまたちに教えてもらったとおりにできないです」
 小さいって、元々はお前の体だろうが、と言おうとしたが、言葉にならなかった。突然、乳首を摘まれたからだ。
「ひゃっ」
 代わりに、思わず声が出た。
「あれ、感じました?」
 そんなことない。びっくりしただけだ。
「だったら、今度はこうして」
 小娘は、おれの右の乳房を絞り上げるようにすると、口で乳首に吸い付いた。
 あっ。
 ちょっとぴりっときた。声が出そうになるのを必死にこらえた。
 小娘は、そのまま「おれ」の手と口を使って、おれの小さな乳房を攻めてきた。
(何か、変な気分になってきた)
 おれは、それを悟られないように、なるべく無表情を装った。
「あれ、出来上がってきました?」
 小娘が、おれの心のうちを見透かしたように言う。
「あんまり準備できちゃうのもまずいんで、もう入れちゃいますね」
 おい、何がまずいんだ?
 そう言葉を発しようとした途端、下半身を強烈な痛みが襲った。
「き、きゃああっ!」
 悲鳴が出た。
「あっ、今回はうまく入りました。練習の成果ですよ」
 そう言いながら、「おれ」の体がおれの上で激しく動き出した。
「い、痛い。やめろ」
 股の間に巨大な杭でも打ち込まれている感じがした。
「あっ、意外と、あたしの中、気持ちいいです」
 おれの上で小娘が腰を振り続けている。
「やめろ。――やめて。お願いだから……」
 おれの声が、次第に弱々しい女の声に変わっていく。だが、獣と化した「おれ」にはそんな声は聞こえなかったのだろう。「おれ」は小娘の体の上で動き続けた。
「や、やめて……」
 男に押さえつけられて、身動きのできないおれは、あまりの痛みに、涙を流すだけだった。


 結局、「おれ」の体の小娘は、小娘の体のおれの中に、すべてをぶちまけた。
 行為が終わると、小娘は、おれの中からペニスを引き抜き、おれの隣にぐったりと横たわった。ようやくおれは体の自由を取り戻したが、股間の痛みと、隣の男への恐怖感と、小娘に組み伏せられて何一つ抵抗できずに犯されてしまった屈辱感で打ちのめされ、相変わらず動くことができなかった。
「やっぱり、最後のところは何回やっても、気持ちいいですね。男の人は、この瞬間のために女の人を抱くんだって、わかりました」
 おれの隣で、小娘がけだるそうにそう言った。それを聞いて、おれは、この小娘は、今日1日ですべての秘書を抱いたのだと確信した。1日で5人の女を次々に抱くなんて。1日1回が限界だったおれからしたら信じられないことだが、小娘が入った「おれ」は精力絶倫だ。小娘の体に閉じ込められる前のおれだったら、なんて羨ましいんだと思っただろうが、今のおれには、そんな男が隣にいることが忌まわしくてならなかった。
「さあ」
 隣で小娘が体を起こした。まだ横たわっているおれに顔を近づけてきたので、思わずおれは身構えた。
「それじゃ、もう1回やりましょうか」
「ひいっ」
 おれの口から悲鳴が漏れた。また、あの恐怖の時間が始まるのかと思うと、おれの顔が引き攣った。
「あはは。嘘ですよ。嘘。今日はこれで終わり。帰りましょう。――でも、ちょっとショックですねぇ。あたしに抱かれるの、そんなに嫌なんですか」
 おれは、バスルームでシャワーを浴びてくるように言われたが、ベッドに横たわったまま、体を動かす気になれなかった。今日は、このままこのベッドで眠ってしまいたかったが、動かないのなら、秘書たちを呼んで体を洗わせると言われて、ようやく立ち上がった。秘書たちに、おれのこんな惨めな姿だけは見られたくなかった。
 シャワーを浴びているときに、股間から流れ出てくる液体を感じて、ようやく中出しされたことに思い至った。中を洗浄すべきかと思ったが、そこに手を突っ込む気にはどうしてもなれなかった。しばらくシャワーを当てただけにしておいた。妊娠したとしても、小娘の体だから自業自得だ。そう思った。
 シャワー室から出ると、服を着た。ボタンが引きちぎられたブラウスは着られないので、秘書たちのために置いてある着替え用のブラウスを着た。小娘の体だとぶかぶかだが仕方がない。
 社長室を出る頃にはとっくに定時を回っていたが、秘書室には2人の秘書が残っていた。彼女たちはきっと、おれのブラウスが変わっていることに気付いているに違いないと思ったが、おれは彼女たちを見ないようにして、「おれ」の姿の小娘の影に隠れるようにして、会社を後にした。


 屋敷に戻ると、夕食の時間だった。今日から通いの家政婦が来ているので、おれの屋敷での仕事はない。といっても、食堂で食べるのは、妻と「おれ」の姿をした小娘だけ。おれは、厨房の脇で、通いの家政婦が昼食に食べたチャーハンの残りを電子レンジで温めて食べるしかなかった。今日は、昼も夜も中華だ。
 食べているうちにだんだん腹が立ってきた。今日の小娘のおれに対する仕打ち。本来なら、社長のおれが秘書の格好をさせられて、挙句にあんなことまで――。「侍女」が「旦那さま」にしていい行為ではない。
 どうしてやろう? 小娘のところへ行って、その行為を「旦那さま」として責めてやるか? 会社の中では、「社長」と「秘書」という立場上、強く言えなかったが、この屋敷の中ならば、何も憚る必要はない。
 だが、おれは「おれ」の姿をした小娘の前に出ることが怖かった。今のこの姿で小娘と対峙する気にはなれなかった。圧倒的な体力差で捻じ伏せられた屈辱が、おれの心の奥底に残っているようだった。
 そこで、おれは、妻に抗議することに決めた。妻相手なら今のおれと同じ女の体。多少向こうが体格で勝っているが、「おれ」ほどの圧倒的な差はない。さっきみたいなことにはならない筈だ。
 おれは、小娘が風呂に入っている間に、妻の部屋へと押しかけた。
「いつまでこんなことを続けるんだ。いい加減、元に戻してくれ」
 妻は、紅茶を飲んでいるところだった。通いの家政婦は帰ってしまったから、自分で淹れたのか、あるいは、「おれ」の姿をした小娘に淹れさせたのか。
「何をおっしゃるのですか。まだ、2日しか経ってないではないですか」
「2日『も』だ。昨日はメイドまがいの仕事をしたし、今日は、秘書の振りして、会社で1日過ごしたんだぞ。もう十分だろう」
 おれは、そう言って、妻に食って掛かった。といっても、体は小さな小娘のもので、甘ったるくて甲高い声しか出ないから、迫力も何もない。
「わたくしは、これを罰だと言いました。でも、言葉通り、罰として過ごさなくてはならない、というわけではないのですよ」
「どういうことだ?」
「今のこの状況を楽しんでみたらいかがですか、と申し上げているのです。今のあなたさまは、18歳の女の子。会社に行っている間は、この家の家事は免除してあげましたから、会社帰りに女の子ライフを楽しんでみてはいかがですか。お金はあるのですから、ショッピングを楽しむもよし、エステに行くもよし。お金など使わなくても、今のあなたさまは、とてもかわいらしい女の子ですから、道を歩いているだけで、若い男の子たちが次々に寄ってくる筈ですよ。気に入った男の子に服を買ってもらって、食事をして、その後は……」
「じょ、冗談じゃない」
 男に抱かれるなんて考えたくもない。今日、「おれ」に抱かれた記憶が蘇ってきて、おれは血の気が引いた。
「別に、抱かれたって構わないではありませんか。どうせ、あなたさまの体ではなく、わたくしの侍女の体です。入れ替わっている間は、あなたさまのお好きにして構いません。それに、その体は、もう処女ではないことですし」
 妻は、そう言って、冷たく笑った。なぜ、処女でなくなったか、思い出して御覧なさい、と言うように。
 妻は、更に冷たくおれに言い放つ。
「男に組み敷かれて、頬を張られるというのは、どんな気持ちでした?」
 妻の言葉に、おれは凍りついた。
 妻は知っているのだ。今日、おれが「おれ」の姿をした小娘に何をされたかということを。
 考えてみれば当然だ。小娘は、今でも妻の忠実な侍女なのだ。今日、会社であったことをすべて妻に報告しているに違いない。特に、最後におれを抱いたことは、詳細に報告されている筈だ。おれが「おれ」の下で女のように泣き叫んでいたことも、妻は承知済みだろう。
 おれの中に、あのときの屈辱感が甦ってきた。
「あの子には、あなたさまにやられたことと同じことをするように言いつけてあったのです。あの子は、頬を張ったらあなたさまが嘘みたいに無抵抗になったと嬉しそうに話していましたよ」
 おれの脳裏に、そのときの小娘の顔が甦ってくる。嗜虐的な喜びに満ちた顔。
 だがその顔は小娘のではなく、「おれ」の顔だった。
「思い出しておられるのですね」
 おれの顔を覗き込むようにして、妻が言った。
「どちらを思い出しているのですか? あの子の処女を奪ったこと? それとも、あの子に散々犯されたこと?」
「や、やめてくれ!」
 おれは、うなだれて、両手で顔を覆った。
「いいですわ、その格好」
「え?」
 おれは、顔を上げる。目の前に妻の顔があった。
「小さくて、弱々しくて、儚い女の子。今のあなたさまは、まさに、それ。あなたさまならわかるでしょう。そんな女の子を目の前にした殿方が、どのような気持ちになるか」
「……」
「もうすぐ、あの子がこの部屋に戻ってきます。今日1日で、あの子は男の欲望の果てしなさと、女を征服することの満足感を知った筈。いわば、今のあの子は男の快感の虜。そんな男がこの部屋に戻ってきて、今のあなたさまの姿を見たら」
「や……」
 おれは、思わず妻の前から後ずさろうとする。
「やめてくれ」
 後ずさるおれを妻が視線で追いかけてくる。
「大丈夫。そんなことはさせません」
 妻はそう言って、少し笑った。
「ほ、ほんとうに?」
「ええ。今日のことは、あなたさまに、あの子が受けた苦痛を知っていただきたかっただけ」
「そうなの、か?」
「あなた様に苦痛を与えることは、わたくしの本意ではありません。だって――」
「うん」
「あなたさまは、わたくしが生涯の伴侶として選んだ方なのですから」
 妻は、そう言うと、おれの顔を抱き寄せた。おれは、妻の胸の中で、声もなく泣いた。
「明日は、あの子には、あなたさまに指一本触れないように言ってあります」
「よかった……。でも、あしたも、まだこのまま――」
「明日は、あなたさまを無理矢理犯そうとするものは、どこにもいないのです。何も怖がることはありません」
「うん。でも……」
「先程も申したではありませんか。今のあなたさまを――18歳のかわいい女の子であることを楽しめばよいのです」
 女の子であることを楽しむ?
「明日は、少しお化粧していきましょう。それから洋服も、今日みたいに堅苦しいものではなく、今のあなたさまに似合いそうなかわいらしいものを用意してあります。女の子のおしゃれを楽しめばよいのです」
 そうか。そうなのか。
「だけど、あの小娘では社長の仕事はやっぱり――」
「これは、チャンスだとは思われませんか?」
「えっ?」
「あなたさまには、大勢の部下やたくさんの取引先の方が会いに来られるのでしょう。でもその方たちは、社長のあなたさまの前では、決して真の素顔を見せたりはしません。でも、あなたさまが今の少女の姿であれば、決して、あなたさまに見せないような姿を見せてしまうのではないですか。何も知らない小娘だと侮って。これは、あなたさまを取り巻く方々の本当の姿を見るまたとない機会だとは思われませんか?」
 そうか。そう言われれば、そんな気もする。
「社長としての判断は、あなたさまが行なえばよいのです」
「ああ」
「あの子には、決まった台詞を言うように、あなたが指示すればよいだけでしょう」
「そう、かな」
「あなたさまならば、あの子を操ることぐらいたやすくできるでしょう」
「うん」
「でしたら、今の状態をもう少し、楽しめばよいのです」
「楽しむ――」
 おれは、無意識のうちに妻の顔見た。
 妻もおれの方を見ていた。
 目が合った。
 おれの体の中を何かが駆け巡った。
「心配することは、何もありません」
 そういって、妻は、またおれを抱き寄せた。
 抱きしめられた途端、ぞくりという感覚が走った。今までに感じたことのない未知の感覚だった。
「あ――」
 思わず声が漏れた。
 妻は、おれを抱きしめたまま、こう言った。
「あなたさまは、わたくしの生涯の伴侶。決して悪いようにはいたしません」

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