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呪遣いの妻 07

 妻の元を後にして、小娘と一緒に会社へ戻った。腹が立つだけなので、運転中は、小娘とは一言も口をきかなかった。
 早速、役員会を招集して、今後の方針を話し合う。
 電機メーカーの臨時役員会にて「予定通り」経営移譲提案を行なったことが報告される。引き続き、今日の経営移譲提案を通すために秘書室長が中心となって動くことになり、そのための人員も増強された。提案が通った後のことを見据えて、現状業務を行なっている部署から、少しずつ人数が集められた。
 こうして、この提案に沿って、全社を挙げて動くことが決定された。
 もちろん、これは「表向き」のこと。
 裏では、こちらの提案が拒否されることを前提として、善後策を講じるために、おれが早速動き出した。
 取りあえず、今の小娘の体ではおれが直接動くわけにはいかないので、人員を確保する。「表向き」の仕事は、秘書室長を中心にして行なわれていたので、こちらの仕事では、秘書室の副室長をおれの手足として使うことにした。
「――ということで、君には、別の仕事をお願いしたいんだが」
 社長室に副室長を呼んで、「おれ」の姿をした小娘が、彼女に特命の仕事を言い渡す。例によって、おれがあらかじめ教えておいた通りの台詞を喋っていた小娘だったが、最後にこう言った。
「こいつを連絡要員として使うこともあるので、そのつもりで」
 小娘の奴、おれのことを「こいつ」呼ばわりか。もちろん、小娘におれのことを「こいつ」などと呼ばせる指示は出していない。
「しばらくの間、直接かまってやれないが、他にこの仕事を頼める人間がいないんだ。よろしく頼むよ」
 副室長が、総務などの他部署から、臨時のスタッフを何人か集め、特命プロジェクトチームが発足した。表向きには存在しない極秘のプロジェクトだ。小娘の姿をしたおれも、「連絡係」として、組織上はそのプロジェクトに片足を突っ込むような格好になった。
 今回の経営移譲の提案が拒否された場合、おれの会社の損失を最小限に食い止めるためのもっとも手っ取り早い方法は、これまで買い集めてきた株を売り払うことだ。だが、10%もの大量の株を市場で売ったのでは、株価が暴落して、購入した価格との差額で大損してしまう。ただでさえ、おれの会社とIT企業とで株を買い集めていたので、最近の株価は割高感があるものになっていた。この状況で一気に売りに転じたら、どこまで下がるか想像もつかない。
 もちろん、市場を介さず、この電機メーカーを手に入れようとしているIT企業に引き取らせる手もあるが、これでは買い叩かれて終わりだ。
 そこで、この電機メーカーに関心を示しているという投資ファンドとIT企業を競わせて、おれの持っている株の価格を釣り上げさせることにした。投資ファンドとIT企業の全面対決という図式になれば、おれが握っている10%がキャスティングボートを握る可能性が出てくる。そうなれば、必然的に株価は上がって利鞘が稼げるし、うまくいけば、おれの会社の影響力を残すことも可能かもしれない。
 副室長には、投資ファンドの動向を調査するように、「おれ」のメールアドレスから指示を出しておく。特命プロジェクトチームも、表立っては動かず、指示・報告は、すべてメールで行なうように言っておいたので、プロジェクトが発足しても、顔合わせだの、飲み会だのということはない。プロジェクト外の人間には、そんなチームが編成されていることもわからないだろう。
 その日の夜、おれは、副室長から食事に誘われた。魚の旨い日本料理店。もちろん、彼女の奢りだ。秘書たちから食事に誘われることはたびたびあったが、いつも、彼女たちに奢ってもらっている。彼女たちは高給取りなのだから、少々高い店で20歳前の少女に食事を奢るぐらいどうということはない。といっても、秘書たちの高額の給料を払っているのはおれなので、金が一回りしているだけのことなのだが。
「なんか、貧乏くじ引かされたって感じなのよねぇ」
 酒量が増えるにつれて、副室長が愚痴っぽくなってきた。おれたちの席は個室になっているので、他人に話を聞かれる心配はない。
「貧乏くじ、ですか」
 元々、おれがあごで使っていた女だが、こうやって、敬語で話すのにも、慣れてきてしまった。
「だって、全社挙げてあの電機メーカーを取ろうって盛り上がってるときに、あたしだけ敗戦処理の準備みたいな仕事でしょ。会社的には、あたしの仕事が無駄になるように動いているようなものだし、その方がいいわけだから、明らかに閑職じゃない」
 こちらの仕事こそ、会社に取って最重要案件だと思っているおれに取っては、聞き捨てならない言葉だが、取りあえず、続きを聞いてみる。
「とにかく、この案件を成功させたら、室長の株がまた上がるんだ。出世は思いのままって感じよね。こっちから出している組織案には、室長の名前はなかったでしょ。ということは、うちの会社の子会社の部品メーカーの社長か、うちの常務あたりか、下手したら、例の家電メーカーに出向する役員って線もあるかもね。――はあ、これでまた引き離されちゃった、って感じ」
 秘書室長と副室長は、2歳違い。役職の上では、室長と副室長だから1階級しか差はないが、秘書室長の方は、役員に名を連ねているし、社長の「おれ」に直接物申すことを許されている。役職は秘書室長に過ぎないが、おれの最も信頼の厚い側近ということで、社内でも指折りの実力者だと見られていた。歳の近い副室長にしてみれば、ライヴァル視もしているのだろうが、じりじりと引き離されている実感があって、焦りもあるようだ。
「でも、秘書室長の仕事がうまくいくとは限らないですよね。あっちの仕事が失敗したら、副室長の出番じゃないですか」
「あの姐さんが、しくじるわけないじゃない。あたしのところまで、仕事は回ってこないよ」
「そうでしょうか?」
「そりゃあ、そうさ。大体、うちの会社がここまで大きくなったのは、あの姐さんのおかげだからね」
「え?」
 その言葉に、おれは眉をひそめる。
「社長が偉いんじゃないんですか?」
「社長? うん、まあ、あの人も優秀な経営者だとは思うけどね。しがない町工場をここまでの大企業にしたわけだから。でも、何て言うんだろう。所詮、中小企業の社長っていうかな。そういうタイプの人だよね。優秀ではあるんだけど、一言で言えば、器が小さい、っていうか」
 そうなのか? おれは、またしても、秘書の本音に触れて、愕然とする。小娘の体になったばかりの頃、妻から、この体であれば部下の本音を聞きだすこともできると言われていた。確かに、こうして秘書たちと新米秘書の立場で接することが多くなり、彼女たちから本音を聞き出せているのは事実だが、聞かなければよかったと思うような随分なことを言われている。
「以前は、とにかく強気一辺倒で、そりゃ、かなり無茶なこともやってきたわけ。ほとんど賭けみたいなこともね。社長は、自分の運と実力で勝ち抜いてきたと思っているかもしれないけど、実際には、今の秘書室長が裏で動いていたから何とかなってきたんだよ。裏工作というか、裏交渉というか、そういうことさせたら、あの姐さんの右に出る人はいないから。今回の提案だって、姐さんは自信を持ってあの電機メーカーを取れると思ってるわけだけど、今度は社長の方が怖気づいちゃったわけ。ここまで会社が大きくなって、守りの気持ちに入っちゃったのかなあ。結婚もして、家庭もできたんだから、わからないでもないけどね」
「はあ」
「で、今度の電機メーカーの件で、業務提携なんてぬるいこと言い出したんだよ、あの社長。まずは業務提携して、業績回復という実績を作ってから経営統合するって言うんだけど、あんな腐ったような会社、業務提携なんて言ってたら、いつまでたってもよくなるわけないじゃん。姐さんも、社長を説得し続けたんだけど、向こうも意固地だからね。あの社長、人間は小さいけど、プライドだけは高いから」
 おれは、好き勝手言っている副室長の言葉を必死になって堪えていた。だが、彼女は、そんなおれの気持ちを逆なでするように続ける。
「ああなったら、どうしようもないとあきらめかけてたところ、先週ようやく業務提携じゃなくて、経営移譲でいくって、決断してくれたわけ。まあ、今回の決断は、ちょっと意外だったけどね。だって、あの社長が折れるなんてね。重役連中もみんな喜んでいたんだから。ひょっとして、箸にも棒にもかからないような赤字会社を抱え込む羽目になるんじゃないかって心配してたところ、ある日突然、即決で方針変更だから、さすがに、あのときばかりは社長を見直したわ」
 これではまるで、おれの判断が最悪で、小娘の判断を評価しているみたいじゃないか。だが、それは、あくまでこの副室長の考えだろう。社内のほかの重役たちは、おれの意見に賛成だった筈だ。
「でも、社長の業務提携案に賛成の人もいたんですよね」
「まあ、表向きはね。だって、この会社は、あの社長のワンマン経営なんだから、社長が黒だと言えば、白いものでも黒だと思うしかないんだよ。実際のところは、みんな腹の中では、社長案には反対だったんじゃないかな」
「はあ」
「だって、考えてもみなよ。確かに、うちのノウハウを入れれば、業績が改善することは目に見えているよ。でも、それには向こうの古い組織を根本から作り変える必要があるわけ。たけど、業務提携止まりで、向こうの古い組織を生かしたままにしといたら、そんなの改革の邪魔になるだけでしょ。たぶん、業務提携はしたものの、今の組織の抵抗にあって、何一つ改善されないままだと思うよ。そんなのだったら、やらないほうがマシよ。あの会社のやり方を根本から変えないとダメなんだから、経営権から何から一切をこっちが取っちゃって、向こうには何一つ文句を言わせないようにしないと」
「でも」
 とおれは反論を試みる。
「そのために、向こうの専務をこちら側に取り込んだんでしょ」
「ああ、あのエロ専務ね。そういえば、あいつにセクハラされたんだって?」
「え、ええ」
 あの酒席で、エロ専務に胸を触られたときのことを思い出して不快な気分になった。
「どうも、あのエロ専務の評判が悪いみたいなんだよね。元々は、前の社長の娘婿ということで、権力を握っているみたいなんだけど、出入り業者に破格のリベートを要求したり、取引先との約束を平気で破ったりと、全然信用できないらしい。まあ、あいつは切っておいて正解だと思うよ。そうだ。あんたも、あいつにセクハラされたんだろ。この際だから訴えちゃいなよ。訴訟を起こして、それであいつに引導渡しちゃおう」
 旨い魚を堪能して、その後は副室長のマンションへと向かう。会社から程近い高級マンションだ。
 1人暮らしなので広さはさほどでもないが、都心の高級マンションなので、1億以上した。もちろん、おれが買い与えたものだし、ここへは何十回と足を運んでいる。そのときは、必ず副室長を抱いた。小娘の体でここへ来るのは2回目なので、はじめて来たような素振りを見せる必要もない。
 風呂の準備ができるのを待つ間、冷蔵庫にあったレアチーズケーキを食べた。関西の有名店からお取り寄せしたものらしい。この体でいるのも、あと2週間程度。その間に、どれだけのスイーツを味わうことができるだろう。
 風呂には一緒に入る。当然のことながら、秘書たちの家の風呂は、「おれ」と一緒に入れるような大きさで作られている。さすがに、屋敷にあるような隠し部屋まではないが。2人で背中を流し合う。背中を流してもらうとき、当たり前のように悪戯された。後ろから抱きつかれて、副室長の豊満な乳房が潰れるのを背中で感じた。おれの小さな胸のふくらみをやさしい手つきで撫でられる。狼藉は、おれの股間にまで及んだが、あえて抵抗はしない。気持ちよかった。かわいらしい声でいっぱい啼いてしまった。
 おれが背中を流す番になったとき、お返ししてやろうかと思ったが、できなかった。無防備な副室長の後ろから手を回して、大きな胸を揉みしだいてやりたかったが、今のおれには、彼女に嬌声を上げさせる自信がなかった。
 風呂上りに副室長はビールを飲んだ。最初は旨そうに飲んでいたが、次第に愚痴っぽくなっていく。
「どう考えても、貧乏くじだわ」
「また、その話ですか」
 おれは、これもお取り寄せの葛きりを食べている。ぷるんとした食感に甘い黒蜜がマッチしていて、これも美味だ。最近のおれは、洋菓子だけじゃなくて、和菓子にも手を伸ばしている。
「だって、今日の社長の言葉聞いた? 『しばらくの間、直接かまってやれない』なんて言われたのよ。ということは、少なくとも、この案件が片付くまでの間、社長があたしのところへ泊まりに来るということはない、ということよ」
 最近の小娘は、平日は4人の秘書のところを日替わりに回るという感じだったから、1週間に1回強という割合で、「お泊り」があった筈だ。それが、この特命の仕事のおかげで「1回休み」になったような状況だ。
「やっぱり、『お泊り』がないのは、気になるんですか?」
「気になるというか、あたしだけ順番飛ばされたようなものでしょ」
「飛ばされたって、いいでしょ。だって、社長のお泊りって、みんなあまり喜んでなかったじゃないですか」
 たしか、おれの歓迎会のときには、社長の相手がすぐ回ってきて、憂鬱だなんてことをみんなで言っていた。
「それがね、最近はそうでもないのよ」
 そう言って、副室長が顔をほんのりと赤く染めた。
「あんた、最近は社長に抱かれてないでしょ」
「え?」
 唐突に言われて、言葉が詰まった。
「最近はね、何て言うか、凄く上手くなったのね、社長」
「はあ」
「前みたいに自分勝手なところがなくなったというか、こっちの来て欲しいところがわかってるというか。とにかく、以前から考えたら、別人のように上手くなったよね。あれだったら、毎日でもいいって、秘書の子たちも言ってるの。この間なんて、あの室長が一晩中いかされまくって、寝不足で出てきたぐらいだから。精力絶倫で何回でもできるし。ああ、なんか、社長のこと考えてたら、体が疼いてきちゃったよ」
 最近は、何かにつけて小娘が「あたしのテク」を自慢げに話しているが、こうやって聞いていると、あながち法螺でもないようだ。
 その後、おれの少女の体は、副室長の疼く女体で抱きしめられ、彼女の欲望のなすがままにされた。
 相変わらず敏感なおれの体は、副室長に抱きしめられながら、何度も何度も絶頂に達した。


 翌日、会社に突然の訪問客があった。
 例の電機メーカーを取り合っているIT企業の女社長だ。
 約束も何もなく、突然会社の受付にやってきて、面会を求めていると言う。
「どうしましょ?」
 秘書からの電話を受けて、小娘がおれに判断を求めてきた。
「本当にアポもなしに来たのか?」
「そうみたいですよ」
 さすがに、追い返すこともできないので、応接室で会うことにする。小娘とおれの他、秘書室長と、手の空いている役員を何人か出席させることにした。
「取りあえず、今日は向こうの話を聞くだけだ。こっちの話は、秘書室長に全部任せればいい。とにかく、話は穏便にな」
 今回の提案の成否如何に関わらず、このIT企業とのパイプは確保しておいたほうがいい。
 秘書室長が社長室にやってきたので、急いで状況を聞く。
「向こうには、昨日の提案の内容を書面で持参して伝えました」
 昨日の電機メーカーへの提案内容については、主だった株主に対しては伝えてある。このIT企業も、今では電機メーカーの大株主なので、当然、提案の話は通しておかなくてはならない。
「そのときには、向こうの社長は不在で、担当者に挨拶を入れて、提案の趣旨説明をしただけです。一応、この提案に賛成してくれるようにはお願いしましたが」
 今回の提案は最終的には株主総会での議決事項になる。そのため、大株主に対して、賛成してくれるように依頼するというのは、型通りのことだ。現状では、同じ会社を取り合う関係なので、それを受け入れてくれるとは思えないが。
 いずれにしても、今回の提案の情報が伝わったのは、昨日のこと。昨日の今日で、社長自ら突然やってくるという意図はわからない。
 秘書室長には先に行かせることにして、社長室で小娘に簡単にレクチャーを施す。
「向こうの社長は、27歳の女社長だ」
「27? まだ小娘じゃないですか」
 お前がそれを言うか。
「元々は、名古屋の資産家の一人娘だ。あのあたりには、日本を代表するメーカーがたくさんあるが、父親はそのほとんどで大株主になっているという話だ。不動産などの資産も合わせると、この国有数の資産家だ。今の会社は、元の夫が興した会社だったが、資金的には、妻に頼りきっていたから、数年前に離婚したときに、創業者の夫は会社から追い出されてしまった。以後、この元妻が社長になったが、実家の資金力に物を言わせて、さまざまな業種の会社を買い漁っている」
「うわあ、なんか、怖そう」
「話だけ聞くとそうだが、見た目は正反対だ」
「というと?」
「見た目は小柄で、結構かわいい」
「何言ってるんですか。ひょっとして、旦那さまの好み?」
「全然、好みじゃない」
 小娘は少し考える表情を見せたが、思い当たったようだ。
「ああ、なるほど。秘書の子たちとは正反対のかわいい系の女の子ってことですね」
 実際、「美少女社長」などと呼ばれて週刊誌に取り上げられることが何度もあった。25歳を過ぎて「美少女」はないと思うのだが、写真を見る限りでは、20歳前後。下手すると、女子高生ぐらいに見える。確かにかわいいとは思うが、おれの趣味ではない。
 しかも、好んで着る服は、レースやフリルで装飾過多なロリータ系。雑誌で見る写真は、必ずそういった格好だった。普通、こういう服が好きな女は、服のかわいらしさに本人が負けてしまって、痛い感じのファッションになってしまうのだが、この女社長の場合は、見事にマッチしている。装飾過多な洋服が、元々美少女だった彼女を引き立てているのだが、さすがにこの少女趣味にはついていけない。実際のところ、大抵の男は、頭にヘッドドレスを被っていたり、日傘をさしている女なんて、どう扱っていいか、途方に暮れるだろう。
 取りあえず、そのあたりをかいつまんで説明して、女社長との会見に臨む。
 今日の女社長は、白のブラウスと丈の短いひだの入ったチェックのスカート。スカートは膝上までで、ソックスが膝まで伸びている。胸元には大きなリボンがついていて、ちょっと女子高生の制服みたいな感じ。いつもいつもロリータファッションというわけでもないらしい。
 まあ、女子高生に見えなくもないし、実際、かわいいとは思うのだが、この服だったら、おれの方が似合うなどと思ってしまった。
「うわあ、何、これ。こんな大勢出てこられても、あたし困っちゃうんですけど」
 おれたちが入っていくと、応接セットの椅子に深々と腰掛けていた女社長がそう言った。丈の短いスカートとニーソックスの間に少しだけ顔をのぞかせている色白の太ももが印象的だ。
 広めの応接室には、こちらからは社長、重役、秘書と総勢10人以上が詰め掛けていたが、向こうはこの女社長の他は、白いスーツを着た若い男が1人だけ。背は高いが線が細い。髪を金色に染めたイケメンタイプの男だ。「おれ」の姿をした小娘が女社長の対面に座り、その右に秘書室長。おれは、小娘の左隣に腰を下ろして、女社長を観察した。
 この女社長と直に会うのは初めてのことだった。若く見えるといっても、実際には27歳。きっと、厚化粧で若作りしているのだろうと思っていたが、意外にも、化粧はしているかどうか、わからないぐらい薄く、本当に女子高生ぐらいの年齢に見えた。多分、エステだの何だのに金をつぎ込んで、若さを保つようにしているのだろうが、元々、年の割りに若く見えるような体質なのかもしれない。そういう今のおれだって、実年齢は18歳だが、中学生ぐらいにしか見られないのだから、そういうこともあるだろう。
 そんなことを考えながら女社長の顔を眺めていたら、彼女がこちらを向いて、一瞬、目が合った。彼女は、おれを見ると、目を見開いて、しばらくそのまま俺の顔を見ていたが、最後に、そのかわいらしい顔でにこりと笑って見せた。おれは、何だかわけがわからなかったが、顔が赤くなるのを感じていた。
 女社長は、おれから目をそらすと、今度は「ふーん」という感じの表情で、「おれ」の姿をした小娘の顔を覗き込んでいる。こちらは、まるで、値踏みをしているかのようだった。白いスーツの男は、女社長の隣には座らずに、無表情で彼女の後ろに立って控えていた。
 小娘は、じっと顔を見つめられて戸惑っていたが、秘書室長から、名刺交換を促されて立ち上がった。型通り、小娘が名刺交換をしようとしたが、女社長は座ったまま動かない。代わりに、白いスーツの男が懐から名刺を取り出した。
「お嬢さまの名刺でございます」
 小娘が受け取った名刺は、ピンクの紙で、丸っこいかわいらしい書体で肩書きやら名前やらが印刷されている。確かに「代表取締役社長」となっているが、名前の周りに似顔絵や花のイラストが描いてあって、まるで女子高生が遊びで作った名刺みたいだった。名刺を配られたうちの重役連中が、当惑した表情を浮かべている。
「それで、今日はどんな御用向きで?」
 応接セットにどっかりと腰を下ろして、いつものように尊大な態度になった小娘がそう言った。
 どんな用向きも何も、昨日の今日だから、例の電機メーカーに関する話なのは間違いないが、それにしても、女社長自ら乗り込んできた真意はよくわからない。
「あたしの希望としては、社長さんと2人きりでお話することなんだけど」
「はあ?」
「そう伝えたんだよね」
 女社長は、後ろに立っていた白いスーツの男に向かって言った。
 男は、「確かに、そうお伝えいたしました」と言って、軽く頭を下げた。
「こんな堅苦しい部屋じゃなくて、もっと寛げる部屋があるんでしょ。そこに行きましょ。いいでしょ、社長さん」
 女社長は「居間」のことを言っているのだろうか。
「申し訳ありませんが、あの部屋は――」
「お嬢さまは」
 秘書室長が言った言葉を、白いスーツの男が遮った。
「社長室の奥にある部屋のことも、よくご存知でございます」
 その言葉に、居合わせた役員たちの顔が不快げに歪んだ。
「ほらほら。おじさんたちがいたって仕方ないんだから、出てってよ。さあ、どんなお部屋なのか、案内してくれる?」
 女子高生のような女社長の言動に、うちの役員や秘書たちは、呆然とするだけだった。


 結局、女社長は、「おれ」の姿をした小娘と連れ立って、「居間」に入っていった。役員や秘書たちは所在なく、自席に戻るしかない。小娘の姿のおれは、社長室で控えていることになった。
 社長室には、もうひとり、女社長に随行してきた白いスーツの男がいる。「居間」で何かあれば、この男がすぐに駆けつけるということなのだろう。
 最初は黙って、いつものように社長宛のメールをチェックしていたが、1つ部屋にイケメンの若い男と2人きりというのも息が詰まる。少なくとも、今のおれに取っては、こいつは若い異性なのだ。見たところは25歳ぐらいだろうか。彼の好みのタイプは知らないが、おれのことは、自分よりもかなり年下の女として認識されているに違いなかった。
 仕事をするにも、この男の目があるので、「秘書」として振舞わなければならないのも、面倒くさい。いつもみたいに、椅子の上で胡坐を組んだり、机に足を乗せてふんぞり返るわけにはいかない。段々、仕事どころではない感じになってきて、パソコンを操作する手を止めた。
 黙っているから却って緊張するのだと思い、思い切って話しかけてみることにした。差しあたって、名刺交換をする。名刺交換のときに、お互いの指が触れ合った。おれは、とっさに自分の手を引っ込めてしまった。
「どうしました?」
 おれが俯いていると、イケメン秘書がやさしそうな声でそう言った。顔を上げてみると、さわやかな笑顔がそこにあった。彼は、細身だが背が高く、こうして近くにいると、おれは、彼の顔を見上げるような格好になる。
「い、いえ。何でもないです」
 おれは、再び俯いてしまう。見上げたら、彼と目が合ってしまったからだ。おれは、顔を上げづらくなって、今貰ったばかりの名刺を持つ手元をじっと見ていた。
「こちらでは『秘書室』って言うんですね」
 気まずい雰囲気になりかけたときに、彼がそう言ってくれた。
「うちは、『秘書課』って言うんですよ」
 そう言われて、改めて、名刺を見る。さっきから、じっと見つめてはいたが、目に入ってはいなかった。
「立ち話もなんですから、座りませんか? その方が、落ち着くでしょう」
「あっ、すいません。あたし、お茶もお出ししなくて――」
「ああ、いいですよ。ぼくにお茶なんて出さなくても」
「いえ、そんなわけにはいきません。コーヒーと紅茶とどちらがいいですか?」
 できれば、コーヒーを、という彼の希望を聞いて、給湯室に向かう。秘書室の誰かに持ってこさせてもよかったのだが、自分で淹れに行くことにした。
 一番若い秘書が「手伝ってあげる」と言ったので、紅茶の準備をしてもらう。おれが飲む分だ。コーヒーは、おれが自分で淹れた。
「あの秘書の人、素敵だったよね」
 一番若い秘書がそんなことを言う。
「そうですか?」
「興味ない振りなんてしちゃって。あんた、ああいうの、タイプなんでしょ」
「はあ?」
「わかるよ。あたしも、あんたぐらいのときは、ああいう絵に描いたような王子様タイプが好きだったからねぇ」
「そ、そんなことないですよ」
「またあ。バレバレだよ。だって、いつもは、お茶とか淹れたがらないあんたが、あの秘書さんのためにわざわざコーヒー淹れに来てるんだから」
 うっ。こいつらには、おれが何かにつけてお茶を淹れたり、お遣いに行ったりするのを逃げていることもお見通しなのか。
「だって、お客様なんだから、あたしが出すのが当然じゃないですか」
「まあいいや。邪魔しないでいてあげるから、2人きりで甘いお茶の時間を過ごしておいで」
 何だか、変な誤解をされたみたいだが、おれがどう説明しても、誤解を解いてくれることはなさそうなので、あきらめた。
 お茶菓子を探したが、大した物はない。コンビニで買ったエクレアとシュークリームが1つずつあったので、それを持っていくことにした。もうちょっとちゃんとしたお菓子を出せたらよかったのに。コーヒーだって、「居間」が使えたら、もっといい豆で淹れることができた。
 コーヒーと紅茶が入ると、お菓子と一緒に社長室に持っていく。
「お手数をおかけして、申し訳ありません」
 おれが入っていくと、彼が笑顔でそう言った。
「ど、どうぞ」
 お客様にお茶を出すなんて慣れない作業なので、手が震えて、カップがカチャカチャ鳴ったのが恥ずかしかった。彼は、コーヒーとエクレア。おれは紅茶にシュークリーム。シュークリームは、コンビニで100円程度のものだったが、中が半分生クリームになっていて、とてもうまかった。
「随分、お若いんですね」
 彼はそう言ったが、おれの答えに間があると、すぐに詫びた。
「あ、立ち入ったことを聞いて、すいません」
「い、いえ、いいんです。中学生ぐらいにしか見えないでしょ。これでも、高校を出てるんですよ」
「え、あ、ああ。そりゃあ、まあ、そうですよね」
 そう言って、彼は笑った。やっぱり、いい笑顔だと思う。
 おれは、会話を続けようと思って、さっき貰った名刺を取り出した。
「名刺、普通ですね」
 彼が差し出した名刺はどこの会社でもあるような普通のものだった。色もついてなければイラストも入っていない。かろうじて、IT企業のロゴが入っているだけだった。
「ああ。さっきの名刺ね。あれは社長専用みたいなものですから。社長がかわいくないものは渡したくないって言うので、特別にああなっちゃったんですよ。社長があんな風だから、変な目で見られるけど、うちは至って普通の会社なんですよ」
「普通の会社が、こんなに次から次へと企業買収しないですよ」
 おれがそう言うと、イケメン秘書は、さわやかに、はははと笑った。
「それもそうですね。でも、買収と言っても、世間一般に考えられているのとは違うんですよ。あくまで、うちの社長が株を買い集めるだけ。経営陣の入れ替えもほとんどないから、買収された企業からしたら、株主の名前が変わった程度のことですよ」
 見た目がイケメンで、とっつきにくそうな感じだったが、実際に話してみると気さくな感じで、案外話しやすい。時々見せる笑顔も悪くない。
 おれは、少し普通に話せるようになった。――って、なんで今まで緊張していたんだ?
「へえ、そうなんだ。――そう言えば、今、『社長』って呼んでますよね。『お嬢さま』じゃなくて」
「そりゃあ、会社ですから。あ、ひょっとして、ぼくのこと、執事か何かだと思ってました?」
 そう言われて、さっき貰った名刺を改めて見てみると、肩書きは「秘書」となっている。所属は、さっき彼が言ったとおり「秘書課」だ。
「何ていうのかな。『ごっこ遊び』みたいなものです。今日の社長のコンセプトは、女子高に通うお嬢さまと、それに付き従う若い執事ってとこでしょうか」
 本人は敢えて言わなかったが、実際のコンセプトは、きっと若い「イケメン」執事なのだろう。確かに、お嬢さまとしてこんなイケメン執事を付き従わせるのは、楽しい遊びに違いない。
「ぼくも、こんな真っ白なスーツを着せられて、『お嬢さま』なんて言うのは恥ずかしいんですけど、仕事ですからねぇ。あの社長の下で働くんだったら、割り切らないとやっていけません」
 聞くと、会社には、何人もの「秘書」がいて、女社長の服装に合わせて付き従う秘書を替えるのだそうだ。今日のように、女子高生のような格好のときは、若い彼が起用されることが多いが、もっとフォーマルな格好のときだと、一流ホテルを定年退職した年配の「執事」になるのだという。その他にも、背が高くてがっしりとした体格の男が2人いて、こちらは商談で威圧感を与えたいようなときに女社長の後ろに2人並べるのだそうだ。
「まあ、ぼくらは、社長のファッションの一部というか、背景の絵みたいな存在ですね」
 絵になるように後ろに立たせるためだけに秘書を雇っているのか。大金持ちのお嬢さまの考えることは、わからない。
「でも、あの社長さんがそんないろんな格好をするなんて、知りませんでした。いつも、雑誌の写真で見るような格好だとばかり思ってました」
「ああ、ロリータ系のファッションですか。もちろん、社長は、ああいうのも大好きですが、あれは、メディア向けというか、イメージ戦略みたいなものですね。写真を撮られるときは、基本的にロリータ系ですから、いつもあんなんだと思っている人が多いようですが、実際には、雑誌側からああいう服にしてくれとお願いされているだけなんです。社長は、かわいいものなら何でも好きですから、それはもう、いろんな格好をしますよ」
 経営者なのだから、ファッションのイメージ戦略なんてどうでもいいと思うのだが、あの女社長にしてみれば、自分の姿が世間からどう見られるかというのは、大問題なのだろう。
「実は、あのロリータファッションのときは、『背景』として使える秘書がなかなかいなくて、困っているんですよ。写真だったら、1人で映ればいいですけど、こうやって出かけるときに、社長1人というわけにはいきませんからね。仕方なく、さっき言った元ホテルマンの人を『じいや』みたいな感じで置いてますけど、社長はいまひとつ満足していないみたいなんです。それで、こういう他社訪問のときには、ロリータ系は、あまり着たりしないんです」
 なるほど。そこまでファッションに気を遣っているのか。だが、それって、会社経営にどんな意味があるのだろう? いや、多分、意味なんてないのだろうが。
 そうだ。今のうちに、この執事、じゃない、秘書から、今日の訪問の目的を聞いておこう。
「ところで、今日は、どのような目的で来られたんですか?」
「さあ、何なんでしょうね」
 彼は、平然としてそう答えた。
「言えないようなことなんですか?」
「え? いや、そうじゃなくて、ぼくも、社長の考えというのは、知らされていないんですよ」
「そうなんですか。だって、秘書でしょ?」
 社長が社外に出る際に、秘書として随伴するのであれば、その外出の目的などを知っていて当然だろう。遊びに行くわけじゃないんだから、その目的を把握していないと、社長のサポートができないではないか。
「ぼくらは、秘書課長から、その日の行き先についての基本情報と、その日のファッションのコンセプトを教えられて、その通りの格好をしてついていくだけなんです。社長の目的はを知っておく必要があるときには、秘書課長から話があるんですが、今日は特に何もなかったので……」
 ちなみに、ここの秘書課長というのは、元々、この女社長のお付きの使用人として小さい頃から仕えていた女性なのだそうだ。ということは、この会社の秘書課というのは、会社の業務というよりも、社長のプライベートなことについてサポートをする人たちなのだろうか。
「まあ、どっちにしても、中でどんなことが行なわれているか、ぼくたちが詮索しても仕方がないことですよ」
 確かに、中で何が行なわれているか、こちらから乗り込んでいって確かめるわけにはいかないのだから、ここで詮索しても仕方がない。後で小娘に聞けばいいことだ。
 ということで、その後は、イケメン秘書と他愛もない話をして過ごした。結構楽しかった。
 結局、小娘と女社長は、2時間ほど「居間」(というか、恐らくは「寝室」)の中にいて、寄り添うようにして出てきた。35歳の「おれ」と女子高生のような女社長は、その姿だけ見れば、親子のようにも見えるが、その仕草は完全に恋人同士のそれだった。女社長が隣の小娘の顔を見上げると、背の高い「おれ」の姿の小娘が女社長にキスをした。これを見れば、中で何が行なわれていたかは明白だ。
 さっきまでおれとくだけた話をしていたイケメン秘書は、女社長が出てくると、たちどころに「執事」の役どころに戻ってみせた。柔らかな物腰で立ち上がると、優美な振る舞いで「お嬢さま」をエスコートして、帰っていった。
 そんな彼の目には、おれの姿などまったく映っていないかのように思えた。


「何だったんだ、これは?」
 社長室で小娘と2人きりになるのを待って、「居間」の中でのことを問いただす。
 おれは、応接セットに座っていた。脚を組んでいるので、丈の短いスカートから、色白の太ももと膝小僧が顔をのぞかせている。
「何って、言われても、あの子を抱いただけですよ」
 小娘が「何をいまさら」というような表情で言った。小娘は、一旦社長席に座ったが、立ち上がって、社長室の周りをゆっくりと歩き始めた。
「やっちゃったのか?」
「やっちゃいました」
 小娘は、あっさりそう言った。
「あ、言っておきますけど、誘ったのは向こうですからね。それに、あの子がシャワー浴びてるときに、奥様にはちゃんとOKを取りましたから、あたしが勝手にやったってわけでもないですよ。奥様と電話していたせいで、シャワー室に乱入できなかったんですから」
 こいつは、普段から、おれの秘書たちともそんなことをやっているのだろうか。
「それで?」
「いや、これが凄かったんですよ。27歳って言ってたじゃないですか。いくら見た目が女子高生みたいだといっても、裸になったら年がばれると思ってたんです。でも、抱いてみたら、肌なんかピチピチで、20歳前としか思えないんです。うちの秘書の子たちよりも明らかに若い肌でしたよ。胸は奥様と同じぐらいかなあ。洋服着ているときもかわいいけど、脱がせてもかわいいんですよ。かわいいくせに淫乱で、胸に触れただけで喘ぎ声なんて出すんです。また、その声がかわいくて。あんな感じやすい女の子は見たことないです。あたしがテクを繰り出すたびに、かわいい声で啼いてくれるし、とにかく、今まであたしが抱いた女の子の中では1番ですね、間違いなく」
「誰がそんな話をしろと言った?」
「えっ? そういう話を聞きたかったんじゃないんですか?」
「そんなわけないだろう。同じ電機メーカーを奪い合っているライヴァル会社の社長が突然やってきたんだぞ。何か、仕事の話が出ただろう?」
「何もなかったですよ」
 小娘は、あっさりと言う。
「何も、なかった?」
「ええ。一言も。あたしと2回やって、それで終わりです」
 どういうことだ? この時期にわざわざ「おれ」に会いに来たのだから、何か目的があったに決まっている。まさか、セックスをするためだけに来るなんて思えない。
「だったら、何のためにやってきたんだ?」
「そりゃあ、あたしに抱かれるためじゃないですか。――あれ、どうしたんですか? 旦那さま、ひょっとして妬いてる? さっき、『今まであたしが抱いた女の子の中では1番』なんて言っちゃったのが、まずかったですか? 確かに、あたしが抱いた女の子の中には、旦那さまもいますからね。負けた、とか思っているんですか?」
「そんなこと思うか。おれは、男だぞ」
「またまた。旦那さまも、最近は女の子振りが板についてきたみたいだし」
 そんなことを言いながら、小娘は、おれが座っている応接セットの方に近づいてきた。
 小娘がおれの隣に座った。
「な、なんだ?」
 身構えようとしたが、それよりも先に小娘の腕が伸びてきて、おれの胸を軽く触った。
「ひゃうん」
 軽く触られただけだというのに、一瞬、胸の先から全身に電気が走り、おれは、思わず声を上げてしまった。
「さっきのは訂正します。あんな感じやすい女の子は見たことないって言いましたけど、ここにもっと感じやすい女の子がいました」
 そういって、小娘は「おれ」の顔で嬉しそうに笑っている。おれは、今更ながら、両腕を胸の前で交差させて体を強張らせていた。小娘から「感じやすい女の子」呼ばわりされて、おれは、恥ずかしさで顔が赤くなっていくのを感じた。
「服の上からちょっと触っただけで、あんな声出すなんて、いくらなんでも、旦那さま、感じすぎですよ」
「元々お前の体だろうが」
「そうですけど、あたしのときはそんな感じやすくなかったですから。自慢じゃないけど、あたし、あんな色っぽい声なんて出したことありません。旦那さまの体になってからですよ、こんな凄い感度になっちゃったのは。旦那さまが勝手に開発しちゃったってことでしょ。知ってますよ。奥様やあたしの秘書たちと、毎晩何をやっているのか。人の体をこんなにしちゃって、もう、どうしてくれるんですか」
 そう言いながら、小娘は、おれの肩に手を回してくる。
「ひ、ひっ」
「なに? また感じたんですか? 肩を触っただけでしょ。どこまで感じやすいんですか、旦那さまは」
「そ、そうじゃない」
 いきなり肩を掴まれて、びっくりしただけだ。
 おれの小さな体は、小娘の屈強な腕で抱えられて完全に動けなくなった。電機メーカーとの酒席で、エロ専務に抱えられた記憶が甦る。だが、そのときほど不快な感じでもなかった。「おれ」の体と密着した部分が、痺れはじめていた。
「んんっ?」
 突然、目の前が暗くなって、口を塞がれた。一瞬、何が起きたかわからなかった。キスをされたのだ。小娘に、おれの口を貪られた。
 舌がおれの口に入ってきた。
 体の力が抜けて、痺れが全身に広がっていく。頭がとろけはじめていた。なにか、胸の辺りをまさぐられたような気がしたが、されるにまかせていた。
「どうです、あたしのキスは? 気持ちいいでしょ」
 小娘が、キスをやめてそう言った。
「きもち、いい?」
 頭が働かない。おれは、ぼんやりと「おれ」を見つめていた。
「あーあ、こんなに目を潤ませちゃって。いくらあたしのテクが凄いからって、キスだけでこんなになっちゃ、ダメでしょ」
 おれの胸元で何やらもぞもぞと動くものがある。
「あれ、なんですか、このかわいいブラは?」
 気付くと、小娘はいつの間にか、おれのブラウスのボタンをはずしてしまっていた。中から、おれの薄いピンクのブラが顔を覗かせていた。フリルの大きなリボンがついてるかわいいやつだ。
「あたしの下着は、白の無地のばっかりでしたよ。いつの間に、こんなかわいいの買ったんです? ブラがこんなかわいいってことは、当然、下も」
 そう言って、小娘は、おれのスカートを脱がせにかかる。おれは、そんなことはさせまいと両手で必死にスカートの止め具を抑えたが無駄な努力だった。
「ひゃんっ!」
 小娘にブラの上から胸を軽く撫でられると、快感が体を駆け抜けて、スカートを抑えている手が力を失った。小娘は、その隙に止め具をはずし、おれの体を軽く持ち上げて、おれのスカートを下ろしてしまった。
「やっぱり、ショーツもお揃いなんだ。いいなあ、こんなかわいいの。高かったでしょ」
 小娘は、おれの体を軽々と持ち上げて、おれを膝の上に座らせた。もちろん、おれは、「おれ」から逃れることはできない。おれの小さな体は、「おれ」の大きな体の上にすっぽりと抱きかかえられてしまった。
「そうか。最近の旦那さま、いつも、早く帰ると思ったら、こういうのを買いに行ったりしてたんだ。ふーん。なんだかんだで、女の子の生活を楽しんでるってことか」
「そ、そうじゃない」
 何とか正気を取り戻し、小娘に言い返す。
「それは、秘書が勝手に買ったものだ」
 一番若い秘書のところに泊まりに行ったとき、ランジェリーショップに連れて行かれて、無理矢理プレゼントされたものだった。
「えっ、じゃあ、秘書の子に下着とか買わせてるんだ。旦那さま、いつも、自分は男だって言ってるけど、男は女の子にかわいい下着なんて買ってもらったりはしないんですよ。旦那さま、本当は、こうやって、女の子らしいかわいい格好をするのが好きなんじゃないですか?」
「そ、そんなことはない」
「だったら、どうしてこんなかわいい下着をつけてくるんですか。あたしの部屋には、もっと地味な白の無地の下着が入ってたと思いますけど。なんだかんだ言って、旦那さま、女の子でいることを楽しんでるでしょ。甘いものを出されたら、幸せそうに顔をとろけさせているし、秘書の子たちにかわいいってちやほやされてるときも、旦那さま、まんざらではない顔してますよ。今だって、ほら」
「ひゃうん!」
 思わず声が出た。小娘が、おれの股間の敏感なところをショーツの上から撫でたからだ。
「こんなに気持ちよさそうだし。本当は、ずっとあたしの体――女の子の体でいたいって思っているんじゃないですか。いい加減、認めちゃいましょうよ。もう、ずっとこのままの体でいいって」
「そんなこと……」
 こうしている間にも、小娘は、おれの体を撫でまわす。おれの感じるところに小娘の大きな手が触れるたびに、おれの思考は停止し、まともな会話ができなくなる。
 小娘は、そんなおれの耳元で、囁くように言った。
「あたし、わかったんですよ。旦那さまの仕事――社長の仕事って、外から見ている以上に大変なんだって。旦那さまは、これまでずっとお仕事をがんばってきて、会社をここまで大きくしたんですから、もういいじゃないですか。あとは、女の子になって、定時になったら帰る、今の生活をのんびりと楽しんでいればいいんですよ。旦那さまの仕事は、あたしがちゃんと引き継ぎますから」
 な、何を言っている。ここまで会社を大きくしたのは、確かにおれだが、ここでまだ終わりじゃない。おれの野望はまだ半分も達成されてはいない――。
「それに、旦那さま、元に戻ってから、どうするつもりですか? 秘書の子たちは、今のあたしのテクにもうメロメロですよ。今更、旦那さまが元の体に戻っても、あの子たちを満足させることができるんですか? 秘書たちはともかく、奥様を満足させられないのは、まずいんじゃないですか?」
 小娘は痛いところを突いてくる。
 認めたくないことだが、おれは、セックスが下手で、女たちを満足させられない、らしい。
 小娘のテクニックがどの程度かはわからないが、秘書たちの話を聞く限り、おれよりも上だということはわかる。元に戻ったおれに抱かれて、妻や秘書たちはおれのことをどう思うのだろう? 妻や秘書たちがおれを見る目は冷たいものになるだろう。おれは、妻や秘書たちのそんな視線に耐えられるのだろうか?
 確かに、ずっとこの体にいれば、そんな心配はしなくて済む。自分で何かしなくても、こうして、下着の上から体を触られているだけでも、こんなに気持ちいいのだ。これまでに稼いだ金はいくらでもあるのだから、一生働く必要なんてない。会社経営なんてことに頭を悩ませることもなく、金持ちの若い女として、快感に溺れながら、気ままに生きていくことだってできる。
 だが――。
 おれはまだやり残したことが山程ある。会社をもっともっと大きくして、世界的な企業グループを作る。それは、今回のことで、一頓挫するだろうが、まだまだやり直しはきく筈だ。「おれ」の体に戻りさえすれば。
 もっともっと女を抱きたいし、妻におれの子供を産ませたい。そのためには、男の体――「おれ」の体に戻らなくてはならない。
「だめだ。やっぱり、元に戻る」
 おれは、小娘に責められながらも力強くそう言った。
「ええっ、そうなんですか。こんなに気持ちよさそうなのに?」
「そんなの関係ない」
 相変わらず、小娘の責めは続いている。おれは、必死に、理性をつなぎとめながらそう言った。
「大体、お前は戻りたくないのか? 自分の体だぞ」
「だって、お互い、元の体よりも今の体の方が合ってるって気がしませんか? あたしがその体だったときは、冴えない地味な女の子だったんですよ。男の子はもちろん、女の子からだって、『かわいい』なんてこと言われたことなかったんです。それが、旦那さまがその体になった途端に、秘書の子たちに『かわいい』なんて言われてちやほやされるようになったんですよ。実際、今のあたしから見ても、今の旦那さまって、あたしとは思えないぐらいかわいいし」
「――」
「それに、あたしのときは、その体で女の子の快感なんて感じたことなかったんですよ。それが、今の旦那さまときたら――」
「あんっ」
 ブラの上から軽く乳首をはじかれて、思わず声を出してしまった。
「ほら、ちょっとあたしに触られただけでかわいい声を漏らすようになっちゃったんですから。その体には、あたしよりも旦那さまの方が、ずっと合っているってことですよ」
 確かに、小娘の言う通りかもしれないが、かつて、調査会社の男が報告してきたように、元々小娘の体は、男を知れば、感じやすく淫乱な美女になるという体だったのだ。たまたま、その時期におれがこの体の中にいただけで、小娘がこの体のままだったとしても、同じことだっただろう。
 だが、あの調査会社のことは、妻であっても、知らないことだ。ここで小娘に話すわけにはいかない。
「それに比べて、旦那さまの体は、あたしの方がずっとうまく使えてますよ。奥様だって、あたしに抱かれるのは凄く嬉しそうだし、秘書の子たちも、あたしがこの体になってから、『社長は別人のように上手くなった』って言ってるんでしょ。今更元に戻ったって、奥様も秘書の子たちも旦那さまも不幸になるだけですよ。だから、このままでいましょうよ」
「だ、だから――」
 小娘の手が相変わらずおれのブラやショーツの上を這い回っている。さっきから、小娘の手は直接おれの肌には触れていないというのに、凄い快感だ。小娘のテクが凄いのか、それとも、この少女の体が底なしなのか? これで下着の中に手を入れられたら、どうなってしまうのだろう?
「元に戻ると言っているだろうが」
 おれは、快感で理性を手放したがっている頭を奮い立たせて、なんとかそう言った。
「強情ですね。まあ、いいか。戻るまでにはまだ少しあるんですから、今は、お互いの体を楽しみましょう」
 小娘は、ついに、おれのブラの中に手を入れてきた。小娘の大きな手がおれの小さなふくらみに刺激を加える。
「ふわああんっ!」
 ものすごい快感が来た。今まで感じたことがないぐらいの。おれは、思わず、鋭い悲鳴を上げてしまう。
「すごい声出しちゃって。そんなに気持ちよかったんですか? だったら、これは?」
「ひゃあああっ!」
 今度は、ショーツの中に手を入れられた。布の上から撫でられただけでも我慢できなかったのに、直接触られたら、我慢できるわけがない。おれは、一瞬、意識を手放してしまった。
「あれ? どうしました? もしかして、イッちゃった? うそ。たったこれだけで? いくらなんでも、感じすぎですよ旦那さま。――まあ、いいか。女の子は、何度でもイケるって言うし。だったら、これは?」
「ひ、ひやああんっ」
 その後、小娘は、おれの下着の中に手を入れて、胸や股間を責め続けた。おれは、そのたびに、少女の高い声で悲鳴を上げ続け、小娘の手で何度も何度もイカされた。相変わらず、小娘がおれの耳元で何かを囁いていたような気がするが、おれには何も聞き取れない。
「もっと。もっと――」
 おれは、そんなことを口走っていた。快感が果てしなく湧き上がる、体を駆け抜けていく。今まで経験したことがない程の快感を感じながら、おれは、その先にあるもっと大きなものを求めていた。


 気がついたときには、おれをひざの上に乗せていたはずの小娘の姿はそこにはなく、おれは、応接セットに寝転がされていた。
「――った。すぐに行く」
 どこかで「おれ」の声がした。
 おれの体はまだ疼いていて、頭がぼんやりしていた。
(ああ、そうか)
 おれは、ようやく、今の自分の状態を思い出した。さっきまで、小娘に体を触られて、イカされまくっていたところだったのだ。何度も何度も小娘の手でイカされたおれは、最後には失神してしまったらしい。
「あ、旦那さま、気がつきました? いいですよ。そのままそこで寝てて」
 小娘の声がする方向にゆっくりと顔を向けた。小娘は、何やら資料を手に持って社長室を出て行こうとするところだった。
「どこへ行く?」
「どこって、営業会議ですよ。営業部との会議の日だって、忘れちゃったんですか?」
「会議――」
 ああ、そうか。今日は、毎週やっている営業部の課長以上を集めての会議の日だった。もうそんな時間か。だったら、急いで行かないと。
「ああ、旦那さま、いいですよ。会議はあたしが出ますから」
「だって、おれが出ないと」
「大丈夫ですよ。どうせ、報告聞くだけの会議でしょ。それに、旦那さま、本当にそんな格好で出るつもりですか?」
 そう言われて、おれは、改めて自分の体を見直した。
 今のおれは、ブラウスの前をはだけられ、Aカップのかわいらしいピンクのブラもずらされ、小さな左の乳首が見えている状態だった。下半身もスカートは膝のところまで下ろされていて、ブラとお揃いのピンクのショーツも半分脱がされたようになっている。おれのお気に入りのショーツだが、いつの間にかぐっしょりと濡れていて、気持ち悪い。あたりには、おれが垂れ流した愛液の匂いが充満していた。
「さすがに、その状態で会議に出られるのは困るんですけど」
 小娘が意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。
 確かに、おれも、こんな発情期の猫みたいな状態で人前に出るわけにはいかない。
 おれは、ぼんやりと半分脱がされた状態のショーツを見ていたが、ふと思って濡れたショーツの中に手を入れてみた。
「何やってるんですか、旦那さま。まだ足りないんですか? ダメですよ、あたしはこれから会議なんだから、相手してあげられません」
「そ、そうじゃない」
 小娘は、少し考えてから言った。
「あ、そうか。ひょっとして、あたしにやられちゃったか心配してるんですか? いいですよ。どうせ、その体は奥様の呪のおかげで、妊娠しないようになってるし」
「ということは、お前にやられちまったのか?」
「うそうそ。やってないですよ。だって、奥様から合意の上じゃないと旦那さまとセックスしちゃいけないって言われてるんですから。もっとも、さっきの旦那さまだったら、ほとんど合意みたいなものでしたけどね。――さっきは、会議まで時間が余ったので、退屈しのぎにちょっと遊んだだけですよ」
「あ、遊んだだけだと? おれを何だと思ってるんだ?」
「いいじゃないですか、そんなこと。実際、旦那さまを失神するほど気持ちよくしてあげたんだから、お礼を言ってほしいぐらいですよ。それに、嫌だったら、やめろって、そう言えばよかったんですよ。あたしはすぐにでもやめてましたよ。でも、旦那さま、一言もそんなこと言わなかったじゃないですか」
「う」
 そう言われると、返す言葉もない。小娘の愛撫を受けていたとき、やめてほしい、なんて言葉は思いつきもしなかった。
「なんだかんだ言って、あたしに体をいじられるのが気持ちよかったんでしょ。――ああ、そうか。旦那さま、あたしに最後までやってもらえなくて、怒ってるんですか? でも、しょうがないじゃないですか。時間がなかったんだから。いくら旦那さまの希望でも、大切な仕事を放り出して旦那さまを満足させてあげるわけにはいかないんですから」
「そ、そんなわけがあるか!」
 おれは、怒声を張り上げてみるが、悲しいことに甲高くてかわいらしい女の子の声にしかならない。
「あ、時間がないから、もう行きますね。戻ってきたら、続きをしてあげますから、それまでここでオナニーでもしながら待っていてくださいね」
 それだけ言うと、小娘は社長室を出て行った。
 駄目だ。もう怒る気力もない。おれの体には、まだ快感の余韻が残っていた。おれは、その余韻に浸りながら、応接セットの椅子に寝転んだまま、ぼんやりと過ごしていた。
 しばらくしてからおもむろに体を起こして、「寝室」のシャワーを浴びることにした。半分脱ぎかけのスカートとブラウスをそこに残し、下着姿で社長室の奥へと向かった。歩きながら乱れたブラをはずし、シャワールームでショーツを脱いで、裸になった。
 シャワールームは、濡れていた。小娘とIT企業の女社長が使ってから、まだいくらも経っていないからだろう。
 シャワールームの脇にある姿見に、今のおれの姿を映してみる。そこには、すっかり見慣れてしまった少女の裸体が映っていた。
 見た目はどう見ても子供なのに、この体は、どうしてこんなにも感じやすく淫乱なのだろう。鏡に映る少女は、まだあどけなくて整った顔立ちの奥に、ほのかな艶やかさを隠し持っているようだった。
 おれは、シャワーの水量を全開にして、少女の体から、汗と愛液を洗い流した。おれの体は、まださっきの快感から完全に醒めきってはいない。少女の体を流れ落ちるお湯さえも、今のおれには、新たな快感を呼び起こす元となる。おれは、自分のふくらみかけの胸に流れ落ちるお湯を擦り付けた。おれの小さな手が、胸の真ん中のかわいらしいピンクの突起に当たると、思わず声が出た。
「あっ」
 力が抜けて、おれはその場にぺったりと座り込んでしまった。
 大量のお湯が、おれの少女の体を流れ落ちていく。さっきの余韻なのか、おれの少女の体がほのかな快感に包まれる。
「もっと、もっと」
 おれは、流れ落ちるお湯を体中に押し当てた。すると、押し当てられた部分からじんわりとした快感が湧き出てくる。
 ああ。いい。気持ちいい。
 おれは、気持ちよさに浸りながら、さっきまでの快感を反芻してみた。
 どうして女の子の体はこんなに気持ちいいのだろう?
 小娘の愛撫は、秘書たちや妻のそれよりも、もっと乱暴で、力強かった。
 この体になって、気持ちいいことはたくさんあったけど、あんなにも気持ちよかったのははじめてだ。
 でも――。
 こんなに気持ちいいのに、まだ足りない。
 おれは、まだ満足していない。
 こんなにも気持ちいいのに、満足しきれていないのは、なぜなのだろう?
 そんなことを思いながら、おれは女の子の快感に翻弄され続けていた。


 押し寄せる快感の波からようやく抜け出して、改めて体を洗った。
 会社に置いてあった着替え用の下着をつけて、髪を乾かしていたら、小娘が戻ってきた。時計を見ると、小娘が出て行ってから1時間半が経過している。もう定時が迫っていた。
「こんなもの社長室に脱ぎ散らかしていかないでくださいよ。恥ずかしいな、もう」
 小娘は、おれが着ていたブラウスとスカートを手に持っている。
「社長室は、ドアを開けたら秘書室から見えちゃうんですからね。そのあたりのこと、気を付けてくださいよ」
「あ。――悪い」
 そんなところまで、頭が回っていなかった。
「あれ、今度は、白の無地の下着じゃないですか。かわいいのじゃなくてもいいんですか?」
 小娘がおれのつけている下着を見てそう言った。会社に置いてあるおれの下着には、レモン色のかわいらしいものもある。おれも、最初はそちらを着ようと思ったのだが、敢えて、無地の方を選んだのだ。こんな風に小娘にからかわれるのがわかっていたからだ。今は、たまたまおれが下着姿のときに入ってきたが、おれが服を着ている状態だったら、こいつはスカートをめくってでも、おれの下着を確認したことだろう。
「それより、会議の方はどうだったんだ?」
 おれは、小娘の言葉には取り合わず、髪を乾かしながら、そう言った。
「無事、終わりましたよ。営業3課の課長に雷を落としておきました」
「3課? 何かまずかったか?」
 おれがそう言うと、小娘がおれの目の前に今日の会議の資料を差し出す。
 おれは、髪を乾かす手を止めて、それを受け取った。
「旦那さま、ちゃんと資料見てたんですか? 半年も前から営業3課だけ成績が落ちてるじゃないですか」
 そう言われて、おれは、渡された資料を開いた。確かに、この半年の間、営業部全体としては好調だが、営業3課だけが売り上げを落としている。
「まったく。半年もの間、何を見てたんです? 素人のあたしでも一目見てわかるようなことですよ。ベテラン経営者とは思えません」
 小娘にいいように言われるが、おれは、何も言い返せない。確かに、小娘の言うとおり、こんな簡単なことに気がつかなかったなんて自分でもショックだ。
「3課の課長には、若干不自然なところもありましたから、秘書の子に身辺調査を命じておきましたからね。万一、ライヴァル会社の手が伸びてたりしたら、困りますから。まったく、この忙しくて猫の手も借りたいときに、こんなことに人を割かなくちゃいけないなんて。旦那さまがもっとちゃんと資料を見ておいてくれたら、こんなことにはならなかったんです。反省してくださいよ」
「はい」
 思わず、そう答えてしまった。答えてしまってから、ものすごく悔しくなって、歯噛みをする。
「もう、なんでこんなに忙しいんですか。ただでさえ忙しいのに、あの女社長が突然来るものだから、今日は全然書類が片付かなかったじゃないですか。今日は、下手したら徹夜ですよ」
 小娘が愚痴を言う。さっきの悔しさを少しだけ晴らすチャンスだ。
「それは仕方がないな。元々、おれの提案をお前が勝手に差し替えたから、全社的に予定外の仕事が増えたんだ。お前のせいで仕事が増えたんだから、徹夜してでもやってもらわないといけないな。おれは、この髪を乾かしたら帰るから、仕事、ちゃんとやっておくんだぞ」
 おれは、そう言って、少しだけ溜飲を下げた。今度は、小娘が「おれ」の顔で悔しそうな表情を見せた。
 おれは、髪を乾かし終えると、小娘が持ってきたブラウスとスカートを身に着けた。鏡に向かって、軽く化粧もする。その様を見ていた小娘が、おれに言った。
「旦那さま、いつの間にお化粧なんてするようになったんですか?」
「妻が教えてくれたんだ。初歩的なやりかただけだがな。さすがに、外で何かあったとき、化粧も直せないんじゃ困るだろう」
 そう言いながらおれは、口唇に薄いピンクのリップを塗った。割とうまくできた。
「ふーん。そうやってると、旦那さまって、普通の女の子と変わらないですね」
「仕方がないだろう。こんな姿なんだから」
「姿形だけじゃなくて、鏡を覗き込む姿なんて、おしゃれを楽しむ女の子そのものですよ」
「なっ……」
 そう言われて、おれは絶句する。鏡の中の少女が赤くなるのが見えた。
「――とにかく、もう、定時だ。それじゃ、おれは帰るから」
 そう言って立ち上がろうとしたときに、小娘に呼び止められた。
「ああ、それからもうひとつ、言い忘れてました」
「何だ?」
「例のIT企業から連絡があって、向こうの女社長が、あたしと1日付き合ってほしいって言っているそうです」
「付き合うって?」
「迎えを出すから、来てくれってことみたいですよ。秘書室に連絡が入ったらしいんですけど、理由は教えてもらえなかったそうです。あたしのこと名指しで来てくれって。『来てくれないなら、敵対的買収をかけちゃうぞ』って、社長本人に言われたそうです」
 何だ、それは? 金持ちのお嬢さまの言うことは、冗談だか本気だか、判断がつきかねる。
 そもそも、女社長は、今日、「おれ」に抱かれにきたばかりだ。小娘は、2回やったと言っていたから、女社長は「おれ」とのセックスをそれなりに気に入ったのだろう。だが、まさか、「おれ」の姿の小娘のことが気に入って、朝から晩まで、「おれ」とセックスし続けよう、というわけでもあるまい。
「明日は特に重要な会議などの予定も入ってないですよね。秘書の子がOKしちゃったみたいなんですけど、よかったですか?」
 小娘の奴、事後とは言え、おれに確認を取ろうとしているわけか。妻から、勝手な判断はするなと釘を刺されているので、「秘書が勝手にやった」ということを強調したいのだろう。
 まあいい。女社長の目的が何かはわからないが、ここは、誘いに乗って、小娘を差し向けよう。
「さすがに、この時期、向こうを刺激するのは得策じゃないな。受けざるを得ないだろう」
 そう言いながら、おれは心の中でほくそ笑む。これで、明日1日は潰れるから、下手したら、こいつは明日も徹夜だ。
「わかりました。それじゃ、明日の朝、向こうの車がお屋敷まで迎えに来るそうですから、旦那さま、それに乗って行ってくださいね」
「?」
 おれは、小娘の言葉に違和感を感じる。
「お前はどうするんだ?」
「あたしですか? あたしは、会社で仕事してますよ。大体、こんな忙しいときに、社長が1日会社を空けられるわけがないじゃないですか」
「向こうはお前に来いって言ってるんだろ?」
「ええ。あたしのこと名指しで。あたしの名前なんて、どこで知ったんでしょうね」
 ちょっと待て。向こうが付き合いたいって言ってるのは、「おれ」の姿をした小娘じゃなくて、小娘の姿をしたおれの方なのか? あ、そうか。あのイケメン秘書と名刺交換をしたから、小娘の名前を知っているわけだ。
「だ、駄目だ。キャンセルしよう」
 あの女社長には、何か得体の知れないものを感じる。今の少女の姿、秘書の立場で、あんな女に1日身柄を拘束されるのは、ちょっと怖い。
「何言っているんですか。さっき、向こうを刺激するのは得策じゃないって言ったばかりじゃないですか。会社のための仕事だと思って、行ってくださいよ」
「おれ、1人でか?」
「大の大人が、1人じゃ心細いとでも言うんですか? 何甘えたこと言ってるんですか。旦那さま、心の中まで18歳の女の子になっちゃったんじゃないでしょうね。第一、今のうちには、余っている人員なんてありませんからね。1人で行ってください」
 結局、小娘に言われるまま、翌日は女社長の元に送られることになった。まるで、敵国に送られる人質、というよりも、生贄に差し出される村の娘の気分になった。
 ちょっと暗い気持ちで定時に会社を出た。気分直しのために、会社の近くにあるカフェに入って、ケーキセットを食べることにした。この店のケーキセットは、紅茶と7種類のケーキの中から選ぶことができる。これまで4種類のケーキを食べたが、どれも満足すべきおいしさだった。今日は5種類目のシフォンケーキに挑戦。この分なら、元の体に戻るまでに全種類コンプリートできそうだ。
 カフェでしばらく時間を潰し、別の店に移動して、フルーツパフェを食べる。こっちは、パフェが目的ではなくて、副室長と会うのが目的。10分程待っていたら、副室長がやってきた。彼女から、電機メーカーへの提案を拒否された場合の対応についての報告を聞く。
 副室長は、この電機メーカーに興味を持っていると噂されている国内系の投資ファンドの動きを調査している。極秘裏にその担当者を調べ出して、事前に接触しておくべく動いている。
 だが、今のところ、投資ファンドが実際にどんな動きをしているのか、まったく掴めないでいた。現時点で、どの程度の株を押さえているのかはおろか、本当に株を買い集めているのかどうかも定かではない。
 投資ファンドが動くらしいという噂が出てきたのは3ヶ月ほど前のことだったが、それ以降の市場での株の売買や株価の推移を分析してみても、おれの会社とIT企業の他に、特定の誰かが株を買い集めているようには思えないという。
 副室長には、大株主から市場外で購入した可能性がないか調べるのと、そもそもの噂の出所について、もう一度確認するように指示をした。指示と言っても、「――と社長が言ってました」と伝聞形式で伝えるだけだったが。
 結局、副室長と別れたのは、8時近かった。最近では、こんなに遅くまで仕事していたというのは珍しい。副室長は、まだ仕事が残っているらしく、会社に戻っていった。
 おれは、タクシーを拾って屋敷に帰った。
 あの日以来、おれは地下鉄には1度も乗っていない。

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》 - ジャンル : 小説・文学

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