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呪遣いの妻 16

 3度目の入れ替えは、日曜日の昼に行なわれた。
 いつもの地下の一室に3人で入り、おれと小娘が妻と向かい合うようにして座った。
「呪を使うには、この部屋じゃなければ駄目なのか?」
 おれは、目の前に座った妻にそう訊いてみた。小娘と体を入れ替えるときは、いつも地下のこの部屋だ。
「そのようなことはありません。ただ、これから行なう呪は、わたくしに取りましても、少々難易度の高い呪ですので、集中力を高めるため、窓がなく、外の音も聞こえないこの部屋を使うことにしたのです。簡単な呪でしたら、この部屋でなくても、工事現場だろうと、大音響のクラブの中だろうと問題なく使えますよ」
 おれは、妻の口から「クラブ」などという言葉が出たことに驚いた。でも、考えてみれば、妻はまだ20歳。妻がそんなところに出入りしていたとは思えないが、友人たちから話を聞いたりして、おれよりは余程そういう場所に詳しいのだろう。
 妻によると、この地下の一室は、初代の伯爵がこの洋館を建てたときからあったものらしい。妻は、呪の能力者であったこの伯爵が、集中力を要する大きな呪を使うときのために作ったものではないかと推測していた。
「もっとも、初代の伯爵は、この館ができて間もなく亡くなっていますから、その機会があったかどうかはわかりませんが」
 初代の伯爵が死んだのは、38歳のときだという。明治の話とはいえ、当時でも早世の部類に入るだろう。もしも、彼がもう少し長生きしていれば、この家の繁栄期間も長くなり、没落を先延ばしすることができて、妻の幼少時代にも生活に困窮することもなかったかもしれない。もっとも、そうなれば、おれと結婚する、などという必要もなかったかもしれないが。
 しかし、年齢から逆算すると、呪の能力者であったという初代の伯爵は、幕末の頃には、まだ十代の若者だったようだ。そんな年齢で幕末・維新の激動期に呪の力をもって暗躍していたというのだから、かなりの早熟な少年だったのだろう。妻の年齢に似合わない落ち着きぶりを見ていても、呪の能力を持って生まれてきた者というのは、若くして老成したような面があるのかもしれない。
「それでは、呪を行ないます。この呪によって、またしばらくは、元の体に戻れなくなりますが、よろしいですね?」
 おれは、無言でうなずいた。隣で、小娘もうなずいたようだ。
 妻がおれたちの方を見たかと思うと、次の瞬間、おれと小娘の体は、入れ替わっていた。
 入れ替わりも3度目ともなると、視界が急に変わるのも、部屋の大きさが違って見えるのも、さすがに慣れてくる。今回は、小娘の体になったことに、戸惑ったりはしなかった。
 おれは、自分の両手を顔の前に持ってきて眺めた。白く細い指。こちらの方がしっくり来るから不思議だ。おれの体から力強さが消え失せている。何よりも、元の体に戻ってから四六時中おれを悩ませていた股間の違和感がなくなって、すっきりした感じになっていた。
 変な話だが、おれは、自分の体に戻ってきたような安心感を覚えた。
 それは、小娘の方も同じだったらしい。
「ああっ。これ。この感覚」
 おれの体になった小娘は、そう言って、大きな手を股間に当てた。
「うわっ。ついてる。やっぱり、これ。これがなくっちゃ」
 若い娘の行動とは思えない。おれは、この3週間、自分の股間についている「異物」に触れることすらできなかったのだ。触るのは、やむにやまれず自分で処理するときだけ。その場合でも、直接は手に触れず、ティッシュで何重にも巻いて、手に触れないように気を配っていた。
「ねえ、旦那さま。なんだか、凄いやりたい衝動に駆られるんですけど」
 小娘は、そう言って、好色そうな目でおれを見た。おれは、椅子に座ったまま、思わず後ずさりする。
「まさか、最近、秘書の子たちを抱いていないとか」
 その通りだった。先週末に女社長に挿入しようとしたところを逃げられて以来、おれは、女を一切抱いていなかった。それはそうだろう。あんな風に下手くそ呼ばわりされたのでは、トラウマになって、女なんか抱けなくなる。何度か、どうしても我慢できなくなって自分で処理はしたが、丸2日も女を抱いていないおれの精力絶倫の体は、女に飢えた野獣のような状態だった。
「ねえ、我慢できないんですけど、旦那さまを抱いてもいいですか?」
「や、やめろ」
「ええっ、いいじゃないですか、ちょっとぐらい。あたしのテクで、ちゃんとイカせてあげますから。あたしも、その体の感じるところは完璧にわかっていますから、今までにないような凄い経験ができますよ」
「ひ、ひっ」
「おやめなさい」
 おれの体になった小娘が調子に乗って立ち上がったところで、妻がぴしゃりと言った。
「立場をわきまえなさい。そのようなことが許されると思っているのですか」
 妻に咎められて、「おれ」の姿の小娘がしょげ返る。いい気味だが、「おれ」が妻の前で小さくなっている様を見るのは、あまり気分のよいものではない。妻からすれば、どんな姿をしていようと、侍女に過ぎない小娘が、妻の伴侶であるおれに狼藉を働くなど、あってはならないことなのだろう。
「さあ、時間がありません。明日までにやらなければならないことがあるでしょう」
 明日になれば、おれも小娘も、入れ替えられた姿で女社長と会わなければならない。取りあえずは、この体に慣れておく必要がある。
「それじゃ、あたしは秘書室長と会って練習してきますね」
 小娘は、早々におれの社長用携帯を使って、秘書室長と連絡をつけたようだ。「練習」なんて言っているが、要は、昼間から、秘書室長を抱きまくろうというのだろう。
「あなたさまは、いかがなされますか?」
「明日着ていく服を買いに行こうかと思うんだが、付き合ってくれるか?」
「わたくしは構いませんが、それでしたら、秘書の誰かと行った方がよろしいのではないですか?」
「どうしてだ?」
「だって、わたくしが一緒ですと、どうしても、素のあなたさまが出てしまいますでしょう。もっと、女の子らしい喋り方や立ち居振る舞いをしていただきませんと」
 確かに、明日、男みたいな喋り方や振る舞いでは、女社長の怒りを解くことはできないかもしれない。以前、この体で女社長と会ったのは、少女の体にされてしばらく経ってからだったので、少女としての喋り方や立ち居振る舞いにも慣れてきたところだった。取りあえず、明日までに、その状態に戻しておかないといけない。結局、おれは一番若い秘書をつかまえて、買い物に付き合ってもらうことにした。
 どこで待ち合わせようかという話になって、おれは、会社の近くのカフェがいいと言った。
「どうしてそこなの?」
「だって、あの店のケーキセット、あと1つだけ食べてないのがあるんですよ。それを食べたくて」
 屋敷から、タクシーで会社近くのカフェに向かう。やっぱり、この体で地下鉄には乗りたくない。京都では、時間を節約するために乗ったが、あれは、やむにやまれずのことだ。
 先にカフェに着いたので、1人でケーキセットを注文した。7つあるうち、6つまでは制覇したのだが、最後の1つ、いちごのショートケーキだけ食べることなく元の体に戻ってしまい、ずっと心残りだったのだ。
「うまいっ」
 1口食べたとき、思わず声が出た。周りの客の視線を感じた。
 いかんいかん。今のは、オヤジっぽかった。今のおれの姿には似つかわしくない。明日に備えて、そういうところを修正するためにこれから秘書と会おうとしているのだ。こんなことではいけない。
 だが、ケーキは、おれが思わず素に戻ってしまうほどうまかった。生クリームが口の中でとろける感じ。クリームはどこまでも甘く、それが口いっぱいにじゅわっと広がって、しまいには脳までとろけさせていく。この感覚も、3週間ぶりだ。しあわせ、と思わず口に出して言いそうになる。この3週間、甘さというものを一切受け付けない体に閉じ込められていたのだ。この甘くとろけるようなしあわせな食感を味わうことなく3週間も過ごしてきたなんて、自分でも信じられない。
「何、とろけてるの?」
 女の声にはっとして、我に返った。知らないうちに、目の前の席に、一番若い秘書が座っていた。
「あんたは、甘いもの食べてると、ほんとしあわせそうな表情になるよね」
 前にこの体だったときに、よく言われたことだ。特に、イケメン秘書から言われると、嬉しかった。
「久しぶり。元気そうだね」
 おれとしては、彼女とはおとといの金曜日に会ったばかりなので、全然久しぶりではないのだが、取りあえず「お久しぶりです」と後輩の女の子らしく言っておいた。
「どうしたの、急に買い物つきあってほしいなんて」
「実は、明日、例のIT企業の社長さんに呼ばれてるんです。あたし、前に会ったときに、あの社長さんを怒らせちゃって……」
「何、あの人怒らせたの? そりゃやばいって。そんなことになったら、最悪、折角取り付けた委任状を撤回されちゃうかもしれないんだよ」
 彼女は冗談っぽく言うが、実際、今まさに、そうなっていて困っているところだ。だが、そんなことは秘書には言えない。女社長が委任状を破棄するという話は、おれと妻と「おれ」になった小娘しか知らない話で、秘書室長にすら伝えていなかった。
「だから、明日、謝りに行くんですけど、そのための服を選んでもらおうと思って」
 久しぶりに女の子口調で話しているがあまり違和感はない。むしろ、こちらの方が口からすらすらと言葉が出てくる感じがする。
「うわっ。責任重大だなあ。で、どんな服にするの?」
「え、ええっと――。なるべくかわいいの、かな」
「あんたが着れば、何だってかわいく見えるよ」
 ところが、意外とそうでもないらしいからこうしてお願いしてるのだ。実際問題、おれも以前は、この体でかわいい系の服を着れば、大抵はかわいく見えると思っていたのだが、元の体に戻った小娘を見ている限りではどうもそうでもないらしい。単に、この体の中身がおれか小娘かによって違って見えるということなのかもしれないが。
 一番若い秘書と近くのブティックを何軒か回り、おれは何着かの洋服を買い込んだ。明日着る服は、薄いピンクのワンピース。胸のところにリボンがついているかわいらしい奴だ。ちょっと、子供っぽいんじゃないかと思ったが、秘書に「あんたは幼児体型だから、そのぐらいでちょうどいい」と言われて、ちょっとムッとした。この女、ちょっと胸がでかいと思っていい気になりやがって。
 他の服は、あとしばらくの間はこの体でいなければいけないので、何着か買っておいたものだ。小娘のマンションに行って、そこで物色してもよかったのだが、どうせなら、自分でかわいいのを選んで着たかった。
 ついでに下着やら小物やらも揃えたので結構な量になった。その中で、一番嬉しかったのは、前に小娘の体でいたときにお気に入りだったポシェットと同じものを見つけたことだった。
「あれ、そのポシェット、持ってなかったっけ?」
「前のは紐が取れて壊れちゃったんです。これ、すごくお気に入りだったので、ショックだったんですけど、同じのが見つかって、よかったです」
 よし、明日はこれを肩にかけていこう。
 買い物が終わる頃には暗くなっていたので、食事にする。と言っても、おれは全然腹が減っていない。この体はちっともおなかが空かないのを忘れていた。なのに秘書は、焼肉を食べに行くと言い張った。
「肉はやめましょうよ」
 昨日までは、とにかく肉が食いたくて仕方がなかったのだが、小娘の体になった途端、そんな欲求はどこかへ消えてなくなっていた。
「そうだ、お寿司にしましょう」
 寿司なら、にぎりを取らずに刺身や煮付けにしておけば、結構食べられそうだ。
「駄目。今日は日曜だから、築地はお休みで、いいネタはないから。最近、焼肉行ってないんだよ。前は毎日のようにお昼は肉だったじゃん。でも、この頃、なんか社長がケチでさ。お昼ちっとも連れてってくれないの」
 ケチで悪かったな。元々、おれは毎日のように秘書たちを引き連れて昼飯を食べに行くなんてことをしていなかったのだ。そういう風習を作ったのは小娘だ。どうせ、あいつは明日からまた毎日のように昼飯で肉を食いに秘書たちを連れ歩くだろうから、何も今日焼肉を食う必要はないと思うのだが、そんなことを今のおれが言っても、相手にされないだろう。
 そもそも、おれが秘書を昼飯に連れ歩かなかったのは、半分は忙しかったせい、もう半分は、おれがあまり秘書たちと一緒にいたくなかったためだった。男だったら、おれに抱かれた後にいつも不満の色を漏らす秘書たちと、一緒に食事などしたいとは思わないだろう。
(そう言えば)
 とおれは思う。
 今日は、久しぶりに秘書と一緒の時間を過ごしている。最近は、どうしても我慢できなくなったときに会社で秘書を抱くだけで、彼女たちに与えたマンションに行くこともなかった。それほどまでに秘書と一緒にいることを拒絶していたおれなのに、今日は、こうして一番若い秘書と一緒にいることが苦痛ではない。むしろ、楽しんでいる自分がいる。これはやはり、今のおれが「社長」ではなく、「後輩の秘書」という立場だからなのだろうか。
 結局、彼女に押し切られて焼肉を食べに行くことになった。焼肉屋では、おれは、肉を数切れとサラダを少し食べただけ。
「ねえ、これからうちに寄っていきなよ」
「明日のことがありますから、今日は帰らないと」
 朝9時に、小娘のマンションに迎えが来ることになっている。ひょっとしたらイケメン秘書が来てくれるかも、とほんの少しだけ期待していた。
「うちの冷蔵庫には、お取り寄せの極上プリンがあるんだけどなあ」
「あ、行きます。今すぐ行きましょう」
 おれの心は、プリン1個であっさり翻った。もちろん、彼女はおれにプリンを食べさせる代わりに、おれを食べてしまおうという魂胆なのはわかっていたが、あえて受けて立つことにした。おれだって、久し振りにこの体を堪能してみたいのだ。
 彼女のマンションで極上プリンを平らげて、その後は、彼女におもちゃのように抱かれた。
「あっ、あんっ!」
 おれは、久しぶりに、女の快感に酔いしれた。先週まで男の体で秘書たちを抱いたのは、おれの股間の異物の疼きを鎮めるためだけにやったことだったが、今は、自分の欲望のために彼女の前に体を投げ出している。
「どうしたの? 今日は、いつもより感じてるんじゃない?」
「そ、そんなことないですっ」
 口ではそう言ったが、自分でも、以前より感じていると思っていた。久し振りだから、感覚が新鮮で、そんな気がするだけかもしれなかったが。
 いずれにしても、おれは、男の体で秘書を抱くよりも、女の子の体で秘書に抱かれる方が、ずっと気持ちいい、と思った。男のときは、股間の「異物」に引きずられているだけだったが、今は、この体をちゃんと自分の体だと認識できている。ここでもおれは、久しぶりに自分の体に戻ったような気がしていた。
 秘書のマンションを出たのは、夜の10時だった。そこから、タクシーで小娘のマンションへと向かう。
 小娘のマンションは、おれの屋敷のすぐ近く。高級住宅街の一角にある7階建ての建物だった。小娘の部屋は3階。女性の1人暮らし用のマンションということで、コンパクトな造りの部屋だったが、まだ越してきて10日と経っていないので、インテリアの類はほとんどなく、閑散とした雰囲気だった。ただし、クローゼットは洋服で溢れていた。
 おれが小娘の体にいた1ヶ月の間に、おれはかなりの量の服を買い漁っていて、見覚えのある服も多かったが、半分ぐらいは見たことのない服だった。きっと、元の体に戻った小娘が買い漁ったのだろう。いきなり持ちなれない金を持ってはみたものの、洋服ぐらいしか使い道を思いつかなかったに違いない。そう言えば、あとは軽自動車を買ったようなことを言っていたな。
 おれの見覚えのない洋服は、正直、小娘の体に似合うかどうか、微妙なものばかりだった。こんなものを買うなら、もっとかわいいのがあるだろう。ファッションセンスに関しては、小娘は、おれの足元にも及ばないな、と確信した。
 小娘の部屋を一通り物色し終わって時計を見たら、夜の11時前だった。もう少し「練習」をしておこうと、おれは、今日買ったばかりのポシェットから真っ黒い無骨な携帯を取り出して、京大娘に電話をした。
「久し振りやないの。どないしたん?」
 懐かしい声がスピーカーから聞こえる。3週間前に、元の体に戻ったときには、もう2度と会うことも話すこともないと思っていた。こうして、また話をすることができるとは思わなかった。
「暇だから、電話してみました。バイトはもう終わったんですよね」
「今、帰りの京阪の中。もうくたくた。なんで日曜までバイトせなあかんねん。花の女子大生の生活として、どう思う?」
 どう思うかと言われても、金が必要なら、バイトするしかないだろう。
「せや。あんた、今度の水曜日、うちでバイトせえへん? その日はどうしてもバイトの子が足らへんねん」
「京都ですよね」
「京都やよ。経験者やから、すぐにも入れるで」
「交通費が出るなら」
「時給100円プラスにしたるから、交通費は、バイト代から引くゆうことでどやろ」
「どう考えても、赤字でしょうが。新幹線で行くんだから」
「そこをなんとか」
「いくらなんでも何ともなりません」
 とは言うものの、おれは京大娘に会いに京都へ行ってみようかと思っていた。どうせ、あと2、3週間は元には戻れないのだ。その間、会社には小娘が1人で行き、おれは屋敷か小娘のマンションで待機していることになっている。屋敷やマンションにいたって、別にやることはないので、京都の絶品スイーツをもう一度食べに行きたいと思った。
 だが、その考えはすぐに打ち捨てた。前回、誰にも連絡せずに1週間も遊び歩いていて、小娘に散々嫌味を言われたのだ。会社に行かなくても、戻ったときのために、社長宛のメールや社内資料に目を通して、小娘がまた勝手なことをやらないように目を光らせておかなければならない。それに、絶品スイーツなら、わざわざ京都まで行かなくても、東京にだって、いくらでもある。
 京大娘とは、それからしばらくどうでもいいような話を続けた。彼女が電車を乗り換え、最寄り駅に着いたところで電話を切ることになった。
「ここからあたし自転車やから、危ないから、切るな。また、いつでも電話しといで」
 会いに行くのは無理でも、しばらくの間、電話で話すことはできそうだ。
 彼女と話すのは久しぶりだったが、ちゃんと以前のように年下の女の子らしい口調で話せた。一番若い秘書とは実際に会ったが、おれの言動に違和感を持たれることはなかったようだ。これなら、明日は女社長の前で二十歳前の美少女として振舞えるだろう。
 最後に、おれはバスルームで小娘の体をもう一度確かめた。昨日まで、おれは自分の体を使っているという感じがまったくしなかったが、この少女の体はまるでおれが生まれたときからこの体だったみたいに、おれの意識とぴったりマッチしていた。
 おれは、自分の体をもっとよく知ろうと、感じるところに手を伸ばしていく。おれは、そのたびに少女の声で艶かしく喘いだ。
 凄い。さっき、秘書も言っていたが、確かにこの体、以前よりも敏感になっている気がする。小娘の奴、この3週間、この体で何をしていたのだろう? 自分で慰めただけでこんなになるとは思えない。やっぱり、男に抱かれていたりしたのだろうか。
 おれは、今のこの体が「男に抱かれる」さまを想像してしまった。おれの妄想の中では、おれを抱いているのは、あのイケメン秘書だった。
 こんなに敏感になった体で、彼に抱かれたら、どんなことになってしまうのだろう?
 そんな想像をするだけで、おれの少女の体は、際限なく熱く昂っていくのだった。


 翌日は、7時に起きて、女社長の元へ行く準備を始めた。7時半には、わざわざ妻が小娘のマンションまでやってきてくれて、おれが化粧をしたり髪を整えたり洋服に着替えたりというのを手伝ってくれた。
 おれの世話をする妻はおれよりも一回り大きく、世話をされるおれは、か弱い少女だった。妻は、まるでなかよしで頼りになる姉のように、おれの身の回りを整えてくれた。
 小娘はどうしているのかと訊いたら、昨夜は帰ってこなかったと言った。昨日は、秘書室長を抱いた後、夜は、副室長を抱いたらしい。一晩で何度女を抱こうと、次の日には、また精力絶倫の状態に戻るのだから、体力面では心配なかったが、小娘がちゃんと女社長の気を変えさせることができるかどうか、不安だった。仮に、おれが「小娘」としてどんなに女社長に気に入られようと、それだけで彼女が委任状撤回を思いとどまってくれるわけではない。最終的には、「おれ」の姿をした小娘如何なのだが、おれとしては、小娘に会うまでに女社長の気分をできるだけよくしておくことが仕事だと思ってがんばることにした。
 約束どおり、朝9時に女社長の迎えがやってきた。
 残念ながら、やってきたのは、初老の秘書。一流ホテルを定年退職して、「老執事」役で女社長に仕えている秘書だ。
 もちろん、おれはイケメン秘書が来てくれることを期待していたわけだが、期待は裏切られるだろうといわことはわかっていた。女社長は「小娘」に対して今のところ「お怒りモード」のままなのだから、わざわざ、おれが「メロメロ」だというイケメン秘書を迎えに寄越してくれるわけがない。ただ、前回、彼女から直接聞いた話によると、撮影がうまく行った場合には、イケメン秘書とのデートを準備してくれていたらしいから、今日も、ひょっとしたら、うまく機嫌を直してくれたら、「ご褒美」が待っているのではないかと、ちょっと期待している。
 「老執事」に連れて行かれたのは、前回の撮影スタジオではなく、臨海部に立つ高層タワーマンションだった。その最上階が女社長の東京での住居らしい。
「あら」
 部屋に通されたおれを一目見て、女社長が声を上げた。
「今日のあなた、この前とは全然違う。輝いてる」
「へ?」
 突然、そんなことを言われて、思わず変な声を上げてしまった。おれは、慌てて口を押さえるが、彼女はそんなことは気にも留めていないようだ。
「そう。その顔。この間は、どうしてその顔ができなかったんだろうね」
「あ、あの、すいませんでした」
 おれは、女社長の前に立つと、頭を下げた。
「この間は――その、体調が悪くて、お役に立てなくて、申し訳ありませんでした」
 そう言ってもう一度思い切り頭を下げる。おれが顔を上げると、彼女の顔は笑っていた。
「いいの、そんな過ぎたことは。あたしは、過去のことなんて、気にしないから。今日、あなたがあたしの予想以上の輝きでやってきてくれたんだから、全然OK」
 今のおれのどこがどんな風に輝いているのかはわからないが、取りあえず、気に入ってくれたようだ。この女社長は、外見だけでなく、中身の人間も込みで人を判断しているということなのだろうか。「過去のことなんて、気にしない」と言ってくれたことも、おれの会社に取っては好都合だ。午後に待っている「おれ」の姿をした小娘との会合でも、うまくいけば、委任状撤回の話を「過去のこと」としてなかったことにできる、ということだ。
 だが、それは、同時に困ったことでもある。仮に、今回の「入れ替わり作戦」がうまく行ったとしても、将来、おれたちの体が元に戻ってしまったら、また委任状の破棄などという話になりかねない。何しろ、「過去のことなんて、気にしない」のだから、毎回毎回機嫌を損ねたら、それまでの約束や信頼関係を簡単に反故にされてしまうということだ。
 取りあえずは、今回の株主総会を過ぎてしまえば、当面は女社長の機嫌を取り結ぶ必要はなくなるのだが、1年後の株主総会では再度委任状を取り付ける必要があるだろう。そのときになったら、また、妻に体を入れ替えてもらって、女社長の機嫌を取っておかなければならないのだろうか。
 おれは、10畳はあろうかという応接間に通された。壁が全面ガラス張りになっていて、東京湾が一望できる。女社長は、「夜だともっときれいなんだけど」と言っていたが、今日は天気もよく、最高の眺望が楽しめた。といっても、おれの心の大半は、紅茶と一緒に出されたシュークリームの甘さの虜になっていたのだが。
 応接間で景色を見ながらお茶を飲んだ後、別の部屋に通された。
「本当は、今日も撮影ができるといいんだけど、あたしのお気に入りのカメラマンの都合がつかなかったの。ごめんね」
「い、いえ。こちらこそ、急に無理を言って、申し訳ありません」
 おれは、慌てて彼女に頭を下げる。
「この間の撮影スタジオは、あたし専用なのでいつでも使えるんだけど、今日はちゃんとした写真を撮るわけじゃないから、こっちのが落ち着くかなって思って、あたしのおうちに来てもらったの。でも、折角だから、少しは写真撮っておこうね。デジカメで、あたしがカメラマンだけど、いいでしょ」
「は、はあ」
「そのワンピース、かわいいじゃない。前の水色のもいいけど、ピンクも似合うよ」
 おれは、彼女の前に立たされて、何枚も写真を撮られた。最初は、立っているだけの写真だったが、そのうちに、にっこり笑わされたり、ちょっとしたポーズも取らされた。
「よし。このぐらいかな」
 ようやく終わった、と思ってほっと一息ついたが、大間違いだった。
「それじゃ、ウォーミングアップはこれぐらいにして、本番行こうか」
「は?」
 これで終わりじゃなかったのか。
「隣の部屋に用意してあるから、着替えてきて」
 隣の部屋に入ると、そこには、女社長が子供の頃からずっと仕えているという秘書課長のおばさんがブティックの店員らしい若い女2人を従えて待っていた。前回の撮影会のときと同じメンバーだ。ハンガーにかけられた洋服――見たところ、高校の制服らしきもの――がずらりと吊るされている。
「待っとったがね。ほんじゃあ、こっちから順番に行こか」
 おれは、秘書課長のおばさんともう1人の女の子に無理矢理ワンピースを脱がされて、一番端にかかっていたブレザーの制服を着せられていく。女社長は、そんなおれの様子を楽しそうに眺めていた。
「あなたに似合いそうな制服をいくつか選んでみたの。みんな、実際の学校で使われているものだよ。一通り写真を撮るから、どんどん着替えて」
 あとは、流れ作業のように進んでいった。女社長が写真を撮り終えると、おれは、隣の部屋で若い女の1人にあっという間に制服を脱がされる。下着姿にされたかと思うと、恥ずかしがる暇もないぐらい素早く、今度はもう1人の女に別の制服を着せられて、女社長が待つ部屋へと送り出される。そこで、また女社長にあれこれ注文をつけられて、写真を撮られる、という繰り返しだった。
 1つの制服にかける時間は、10分弱。ものの1時間足らずで6種類の制服を着せられて、写真を撮られ、そこで休憩ということになった。
 おれと女社長と秘書課長のおばさんと若い女2人。見た目女の子4人とおばさん1人でピーチシャーベットを食べた。
 甘い。冷たい。おいしい。
 本来なら、「お嬢さま」とご相伴に預かれるのは、おれだけなのだろうが、「お嬢さま」のご機嫌が殊のほか麗しいようで、下々のものにもシャーベットが下し置かれたという感じらしい。
 休憩前の最後に着た制服がセーラー服だったので、おれはそのままセーラー服姿。35年も生きてきて、まさか、このおれがセーラー服なんてものを着る羽目になるとは、思ってもいなかった。しかも、恐ろしいぐらいに似合っていて、それもものすごく恥ずかしい。
「うん。セーラー服なんて、ちょっと古風かなと思っていたけど、こういうのもいいよね。よく似合ってるよ」
 女社長は、上機嫌だ。おれとしては、彼女の機嫌を取り結ぶという当初の目的はもう達成したようなものだから、いい加減切り上げて帰りたいのだが、まだ制服は、ようやく半分着終わったところ。まだしばらくは、着せ替え人形にされて、恥ずかしい思いをしなくてはならない。
「見て、これまでに撮った写真。どれもかわいいよ」
 女社長がプリントアウトされた写真を配ると、それを受け取った若い女2人が「きゃあ、かわいいー」と黄色い声で合唱していた。おれもいくつか見せられたが、確かにかわいい。小娘が中身のときはさほどでもないが、おれが中身だと、こんなにかわいくなるのか、と思った。ぶっちゃけ、そのまま学校案内の表紙にでも使えそうな写真だ。
「あの、こんなに制服の写真撮って、どうするんですか?」
 おれは、そう訊いてみた。
「今度の写真集の撮影のときに使う制服を決める参考にするの。今度は、あなたメインの写真も撮るから、あなたに一番似合ってる制服がいいでしょ」
 まだ写真集の撮影をするのか。まあ、この間のは小娘のせいでキャンセルになったみたいだから、どこかで再度撮影が行なわれるとは思っていたが。やっぱり、おれが出なきゃならないのだろうな、と憂鬱な気分になる。大体、おれメインの写真って、何だ? あんたの写真集じゃなかったのか?
「それともう1つ」
 まだあるのか。
「この間、あなたがあたしの妹になってくれるって話があったじゃない」
「いえ、別に妹になると言ったわけでは……」
 おれはそう言ったが、この「お嬢さま」は、おれの言うことなど聞いていないみたいに続けた。
「あなたがあたしの女子高生の妹になるんだったら、あなたには一番似合う制服を着せてあげたいって思うの」
「ひょっとして――」
 おれは、恐る恐る思いついたことを言ってみた。
「あたしを、一番似合う制服の高校に入学させようってことですか?」
 おれの言葉に、女社長は、「そんなわけないじゃない」と言って、笑った。
「そりゃ、そうですよね。制服で通う学校を決めるなんて」
「そうだよ。だって、いくら制服が似合ってても、その学校がレベルの低い変な学校じゃ、大切な妹を通わせるわけにはいかないじゃない」
 いつの間にか、おれが彼女の妹になることは、確定事項になってしまっている。
「今回撮ったのは、あなたに似合う制服を作るための参考写真」
「は?」
 制服を作るって、何だ?
「あなたが通うのは、良家の子女が通う格式の高い名門の女子高以外、ありえないでしょ。でも、その学校があなたに似合った制服なのかわからないじゃない。だったら、その女子高の制服をこっちで作っちゃえばいいって思ったの。この写真を参考にして、有名デザイナーに制服のデザインをしてもらうの。あなたに一番似合う制服になるようにね。で、それができたらあなたの入学と同時に新しい制服に切り替える。どう? 素晴らしいと思わない?」
 おいおい、この女、本気でそんなこと考えてるのか?
「あたし1人のために、名門女子高の制服を変えちゃうんですか?」
 大体、名門で格式の高い女子高ともなれば、制服だって、伝統あるものだろう。そんなものをホイホイ変えられるものなのか?
「今はね、少子化で私立高校はどこも経営が苦しいの。特に女子高は生徒が集まらないってことで、どんどん共学になっていってる。もちろん、OGたちは猛反対するんだけどね。女の子の園に男子が入ってくるなんて、考えられないし、共学になれば、なんとか女子っていう校名も変更しなくちゃいけないわけだから。でも、背に腹はかえられないからね。そんな台所事情の苦しい名門女子高に、共学化なんて考える必要のないぐらいの多額の寄付をしてあげれば、制服ぐらい喜んで変えちゃうと思うんだけどなあ。どうしても嫌がったら、学校ごと買っちゃえばいいんだし」
 とんでもないことを考える女だ。おれに似合った制服を着せるためだけに、学校ごと買収することも厭わないというのか。そんな大事になる前に、妹になるという話をはっきり否定しておかないといけないと思ったのだが、さすがに今日のこのタイミングでは、女社長を不機嫌にさせるようなことは言えるわけがない。
「す、凄いですね」
 結局、おれは、引き攣った笑いと共にそんな言葉を発したたけだった。女社長の妹になって女子高に通う、なんてことになったら、毎日のように彼女と顔を合わせなくてはならなくなるだろう。この美少女の中身が小娘では、そんな状態で女社長の機嫌を取り結ぶなんてことはできっこない。さっきまでは、年に1度の株主総会のときだけ、おれと小娘の体を入れ替えてもらえばいいだろう、と考えていたのだが、この流れだと、最悪、ずっとおれがこの体でいなくてはならないということも考えられる。
 その考えに、おれは身震いしたが、少なくとも、今のところは、今日という日を乗り切って、株主総会でおれの会社の提案を通すことが最優先だ。その後のことは、後で何か方策を考えるしかない。
 おれは、なるべく「妹」の話には触れないようにしながら、後半の着せ替え&撮影会をこなしていった。
「はあい、ご苦労さま」
 最後の1着の写真を撮り終えると、おれは、チェックのスカートとブレザーの制服を脱がされて、下着姿になった。ようやく終わった。あとは、元の服を着るだけだ。
「あれ? あたしの服は?」
 おれが着てきたピンクのワンピースが見当たらない。
「あ、それなら、応接間の向こうの部屋です」
 ブティックから来た若い女に言われて、おれは、応接間を通って教えれた部屋に向かう。おれを連れてきてくれた「老執事」はどこかへ行ってしまっていたので、この家にいるのは女だけ。下着姿で歩いていてもどうということもないのだが、下着越しにおれの小さな胸を見られるのは恥ずかしい。おれは、両手で胸を隠すようにして、小走りに教えれた部屋に入っていった。
「あっ、ごめんなさい」
 リビングか何かだろうと思ってドアを開けたのだが、その部屋は寝室だったようだ。真ん中に大きなベッドがあって、女社長が着替えているところだった。ちょうど、上を脱いで、彼女も下着姿になったところ。今のおれよりもずっと大きくて形のよいバストが誇らしげだ。
「すいません。ここにあたしの服があるって聞いたもので……。寝室だなんて知りませんでした」
 おれは、そう言って、頭を下げた。
「いいの。あたしがあなたの洋服をここに持って来させたんだから」
 見ると、ベッドの脇に、おれのピンクのワンピースが吊るしてある。おれがワンピースに手を伸ばそうと近寄っていくと、女社長がこう言った。
「あなた、下着姿もかわいいね」
「えっ?」
 まあ、確かにかわいい下着だとは自分でも思う。今日の下着は、ワンピースと同じピンクで、胸のリボンは控え目だが、フリルがいっぱいついている。
 おれと同じく下着姿の女社長が、おれの方に寄ってきて、おれの目の前に立ち塞がった。何だか目が妖しい。
「あ、あの――」
 おれの目の前の女社長は、おれよりも少し背が高い。おれは、威圧されたように立ち竦んだ。
「かわいいね、子猫ちゃん。どんな声で鳴くのか、聞かせてくれる?」
 そう言うと、女社長は、おれの小さな体を抱きしめて、おれにキスしてきた。
「んんっ?」
 いきなり口唇を奪われて、動揺した。いつの間にか、彼女の舌がおれの口に侵入している。彼女の舌に蹂躙されて、おれの頭が痺れてきた。体の力が抜けていく。
「ほんとだ。この子、キスだけでトロンとなっちゃった。すっごい感じやすいんだね」
 彼女が何か言っている。だが、言葉を理解するより先に、刺激が来た。おれの小さな胸がブラ越しに揉まれたのだ。
「あ――」
 体に力が入らない。いつの間にか、彼女に抱きかかえられていた。
 おれは、寝室の大きなベッドにそっと横たえられた。
「折角のかわいいブラだけど、はずしちゃおうね」
 彼女がそう言って、おれの胸からブラをはずした。おれの小さな胸があらわになる。
「かわいいおっぱい」
 そう言うと、彼女がいきなりおれの右の乳首に口を当ててきた。
「ひゃんっ」
「声もかわいいんだ」
 まるで、おれの声が合図だったかのように、彼女は、おれの体中にその手を伸ばしだした。
「ひゃっ、ひゃっ、ひゃうんっ!」
 彼女は、おれの感じるところだけを確実に責めていった。おれが感じるところばかりを触られて、おれは思わず声を上げてしまう。
「凄い、言ったとおりだ。こんなかわいい顔して、こんな淫乱だなんて。ああっ、でも、やっぱり、かわいい。欲しい!」
 彼女が何か言っているが、おれの耳には届いていなかった。
 以前よりも感度を増していた体を愛撫されて、おれはなすすべなく嬌声を上げ続け、最後には、気を失った。


 気が付いたときには、午後の3時を回っていた。
 女社長の姿はない。当然だ。今日は2時半から都内のホテルの一室で、「おれ」の姿をした小娘と会う約束になっていた。
 体がまだ火照っているような気がする。
 おれは、ベッドの上で体を起こした。ブラもショーツもいつの間にか脱がされていて、おれは、全裸だった。
 入ってきたのと反対側のドアをそっと開けると、バスルームになっていたので、そこでシャワーを浴びることにした。敏感になったままの白い肌にお湯を流したら、思わず艶かしい声を上げてしまった。
 シャワーで汗を流すと、体を拭いて、下着だけを身につけた。まだ、ワンピースを着る気にはなれない。ベッドの上で座って、手近に転がっていた大きな枕を抱いた。ぼんやりしていた頭が、少しずつ回りはじめてきた。
 凄かった。
 さっきの女社長との行為を思い出して、そう思った。いくらこの体が、以前よりも敏感になっているとはいえ、女同士で意識が飛んでしまうなんて事は、そうそうあることじゃない。もっとも、女社長との行為といっても、おれが彼女に一方的に弄ばれただけで、こちらからは何もしていないのだが。
 とにかく、彼女はおれの感じるところを――感じるところだけを責めてきた。
 どうして、彼女がおれの感じる場所を知っていたのだろう?
 ようやくそんな疑問が頭をもたげてくる。
 答えはすぐに返ってきた。イケメン秘書が教えたからだ。
 彼は、女社長の下僕なのだ。彼女の言うことには、逆らえない。とっくに分かっていたことだが、改めて、その事実を突き付けられた気分だ。
 でも、彼はどんな風におれの感じる場所を彼女に教えたのか?
 口頭で教えただけ、とは思えないぐらい、彼女は正確におれの感じる場所を責めていた。やっぱり、彼は、女社長の体を使って、それを教えたのだ。
「あの子は、ここが感じるんです」
「ここをこうすると、かわいい声でに鳴きますから」
 おれの頭の中に、彼がそう言って、女社長を愛撫しているシーンが浮かんできた。そう言えば、女社長が、何度も「言ったとおり」という言葉を発していたような気がする。
 おれは、抱いていた枕を頭の上に掲げて、壁に向かって投げつけた。思い切り投げたつもりだったのに、おれの力では、枕はふわりと飛んで、壁に力なく当たって、何事もなく床に落ちただけだった。
(はあ――)
 最低だ。分かっていたこととはいえ、酷い。
 ここに来るとき、ひょっとしたら、イケメン秘書に会えるかもしれない、と期待していたおれがいた。だが、そんなことを期待するのは間違いだったのだ。所詮は、女社長の下僕。どれだけおれにやさしくしてくれたとしても、それは仕事でそうしているに過ぎない。おれとのことは、こうして全部女社長に筒抜けになってしまうのだ。
 おれは、ベッドの上で、しばらくの間、膝を抱えていた。もうこのままここで一生膝を抱えたまま過ごしたいぐらいの気分だった。
 どれぐらいそうしていただろう? ようやくおれはベッドから降りて、脇にかかっていた薄いピンクのワンピースを着た。いつまでも、こんなところにいるわけにはいかない。取りあえずは、この場所を出なくては。
 今は小娘がホテルで女社長と会っているところだ。きっと、彼女は、おれを失神させるほど弄んで、さぞや上機嫌で「おれ」に会いに行ったに違いない。あとは、小娘がうまくやってくれさえすれば、おれの会社を救うことができる。おれは、屋敷に戻って、妻と一緒に小娘からの連絡を待とうと思った。
 ワンピースを着たおれは、鏡の前で、髪型やメイクを何度も何度も入念にチェックした。どこにも問題はないことを確認して、応接間に向かうドアを開けた。
「やっと起きやあたか。なかなか起きせんで、あのまま夜まで寝とるのか思ったわ」
 秘書課長のおばさんが、応接間で湯呑みを持って、お茶を飲んでいた。ブティックの若い女2人の姿はなく、秘書課長のおばさんひとりだけだった。
「あ、あの……」
「ああ、そっちの部屋はそのまんまでええて。ほしたら、運転手呼ぼったるで、ちょっと待っとりゃあ」
 秘書課長のおばさんは、携帯を取り出して「起きたで、ちゃっと来て」と大きな声で言った。
「待っとる間、お茶でも飲むかね」
「はあ。――でも、いいんでしょうか? 社長さん、いらっしゃらないんですよね。なのに、勝手にお茶なんかいただいて」
「ええって。ここはわたしがお嬢さまと一緒に住んどる家だで、わたしんちみたいなもんだわ」
「課長さんと一緒に住んでるんですか?」
「課長さんって、あんなもんは肩書きだけだで。わたしはほんとはただの家政婦だがね。ちょっと長く勤めとるで、お嬢さまが箔をつけてくれただけだわ」
 その後、お茶を飲みながら、この秘書課長のおばさんと少し話した。それによると、彼女は、女社長が生まれて間もない頃から仕えていて、大学進学で東京に出てきたときから、ここで一緒に暮らしているらしい。女社長が前の夫と結婚していたときにも、同じマンションのすぐ下の部屋にいたそうだ。
「あの男はあかなんだわ。威張っとるばっかで、自分では何もできせん。浮気がばれたで追い出したったけど、ええ気味だわ」
 女社長が前の夫と離婚して以来、彼女とふたり暮らしなのだそうだ。秘書課長のおばさんは、50近いが、独身で、子供もいない。
「子供みたい、いれせんて。お嬢さまが娘みたいなもんだで。まあ、あんたのことは、お嬢さまがだいぶ気に入っとるみたいだで、仲ようしたってちょうよ」
「はあ」
「お嬢さまは、だいぶ一刻だで、友達付き合いゆうもんを、ようせえせん。お嬢さまが人を自分のうちまで呼ぶゆうことは滅多にないで、あんた、よっぽど気に入られとるんだに」
 そんな話をしているうちに、秘書課長のおばさんの携帯が鳴った。迎えの者が、玄関に来ているという。おれは、ポシェットを持って、秘書課長のおばさんにおじぎをして、玄関のドアを開けた。
「あ」
 驚いた。
 目の前にイケメン秘書がいた。
 おれは、突然のことでどうしたらいいか、わからなくなった。
「お迎えに上がりましたよ、お嬢さま」
 そう言って、彼が笑った。素敵な笑顔だ。
 彼の笑顔を見たら、おれは、我慢できなくなった。
「会いたかった」
 そう口走って、おれは彼に抱きついていった。彼の姿を見て、おれがどうしたか、全部女社長に報告されることはわかっていた。でも、抱きつかずにはいられなかった。
「久し振り。元気だった?」
 彼が、やさしくおれにそう問いかけた。このやさしさも、偽りのもの。仕事だから、そう言っているだけ。それはわかっていたけど、やっぱり、おれは彼にやさしくされて、嬉しかった。
 ノーネクタイにジャケットというカジュアルないでたちの彼にエスコートされて、おれは女社長のマンションを後にした。
「今日は、時間あるんだよね」
 車――今日は、ドイツ製の高級車――に乗ってから、彼がそう訊いてきた。おれは、無言でうなずく。イケメン秘書とは名古屋駅で「もう2度と会えない」と言って別れたはずなのに、彼はそんなことはなかったかのように、久し振りに会った恋人みたいにおれと接してくる。これは本当は不自然なことだけど、今のおれには、ありがたい。あの日、名古屋駅で別れたことはなかったことにして、その前――名古屋のマンションで彼に抱かれたところから、セーブしてあったゲームを再開するみたいに、彼はおれに接してくれた。
 もちろん、彼がそうしているのも、女社長にそのように命令されたからだろう。こうして、彼がおれにこの後の予定を確認したのも、女社長が、おれにご褒美としてイケメン秘書とのデートをセッティングしてくれたということに違いない。
 おれは、覚悟を決めた。嘘だろうと、偽りだろうと、どんな関係でもかまわない。今だけでも、彼とのデートを楽しもう。彼の台詞も、彼の心も偽りだったとしても、おれを喜ばせてくれることには変わりないし、彼に抱かれたときに、おれが感じる快感は、本物だろうから。
 彼は、まず近くにあるカフェに連れて行ってくれて、ブルーベリーソースのレアチーズケーキを食べた。
「おいしいっ」
 おれが顔をとろけさせていると、イケメン秘書がいつものように言った。
「やっぱり、君は甘いもの食べてるときが一番しあわせそうだね」
 彼の台詞は偽りに満ちているけど、この言葉だけは真実かもしれないと思った。
 カフェを出る頃には5時を回っていた。次は、東京湾のナイトクルージングだ。
 先日、元の体にいるときに女社長から聞かされていたので、多分そうだろうとは思っていたのだが、イケメン秘書の口からナイトクルージングと言う言葉を聞かされたときに、「ええっ、ほんとに?」と驚いて見せた。おれの言葉も偽りに満ちているのだけれど、その言葉でふたりの会話が弾むようになり、おれは、しあわせな気分を手に入れた。
「それでは参りましょうか、お嬢さま」
 と言って、船に乗せられる。結構大きな船だ。今夜は風もなく、波も穏やかで、揺れる心配はないとのことだったが、船に乗り込むとき、おれは、怖がりの女の子のように、彼にぴったりと体をくっつけて歩いた。そうしたら、彼は、おれの体をぎゅっと抱きしめてくれた。
 船内に入ったが、平日で、まだ時間が早いせいか他に客を見かけない。
「それはそうだよ。今日は、君のための貸切だから」
「え? ええーっ!」
 今度は本当に驚いた。あまり驚いたものだから、変な声を出してしまった。恥ずかしい。
 結構な大きさの船を貸し切りだなんて、あの女社長、おれの「ご褒美」のために、一体、いくら使ったのだろう?
 しばらく、暮れていく東京湾の夕景を彼と一緒に展望デッキから眺めていた。素敵な光景だ。海に浮かぶビル群に明かりが灯ると、ディナータイム。イタリアンのコースだったが、いつもよりは、少し食べられた。そういえば、今日はお昼を食べていない。最後のジェラートが絶品だった。
 食事の後、再び展望デッキへ。東京湾には、すっかり夜の帳が下りていて、ビルの明かりが水面に映っている。
 突然、空が光り、辺りが赤く染まった。少し遅れて、ドーンという大きな音。
「花火!」
 おれは、黄色い声を上げた。
 ちょっとした花火大会がある場所に船は向かっていたようだ。ほとんど真上近くに花火が上がっている。おれは、彼と肩を並べて、空を見上げる。船の上には、おれと彼とのふたりきりだった。
「きれい」
 夜空を見上げて、思ったことが、素直に口に出た。
 海を渡るかすかな潮風が、おれの頬を撫でる。
 ふと横を向いたら、彼は、花火じゃなくて、おれの方を見ていた。
「きれいだね」
 彼は、おれの方を見たまま、そう言った。
 おれは、そっと目を閉じた。おれの視界から花火が消え、音だけが耳に残った。
 彼の気配が近づいてきて、おれにキスをくれた。
 長い長いキスだった。とろけるようなキスだった。
 おれの耳に花火の大きな音が聞こえる。
 ずっとこうしていたい。
 彼にキスされながら、おれは、そんなことを考えていた。


 船を下りると、近くのホテルへと向かった。東京湾を一望できる高層ホテルのスイートルームが取ってあるという。
 駐車場で車を降りて、部屋に向かう。フロントで彼がチェックインしている間に、ポシェットから携帯を取り出して、着信履歴を見た。秘書用の携帯の方に、小娘からの着信履歴があった。時間からすると、花火を見ていた頃だ。彼とキスしていた頃かもしれない。着信音を消してバイブ設定にしてあったので、気付かなかった。
 おれの真っ黒い無骨な携帯にも、同じような時間に妻から着信がある。「おれ」の姿をした小娘が女社長と会って、何らかの結論が出たのだろう。
 取りあえず、秘書用の携帯で、小娘と連絡を取ろうとしたところで、彼が「お待たせ」と言って、戻ってきた。おれは、慌てて携帯をポシェットにしまった。
「さあ、行こうか」
 彼がスイートルームのキーをおれに見せてそう言った。おれに飛び切りの素敵な笑顔を向けてくる。
 一瞬、トイレに行くとでも言ってこの場を離れ、小娘か妻に電話をしようかと思った。
 だが、イケメン秘書の素敵な笑顔を見たら、そんな時間も惜しくなった。
「うん」
 おれは、彼に体をくっつけるようにしてエレベーターへと歩いていった。
 エレベーターのドアが閉まるのと同時に、おれは彼に抱きついた。さっきから、ずっと待ちきれなかったのだ。
 高層階へ向かうエレベーターは、ガラス張りになっていて、途中から、東京湾の美しい夜景が見えた。おれは、その中で、彼とキスをした。エレベーターが着くまでの間の短いキスだったが、船の上でしたキスよりも濃厚なディープキスだった。
 彼のキスで立っていられないほどにとろけきってしまったおれは、彼に抱きかかえられたまま、部屋に入った。ベッドルームまで運ばれて、大きなベッドの上に、小さな体をそっと横たえられた。ポシェットの中が震えているのに気が付いたが、おれは、ポシェットごと肩から外して、ベッドの下に放り投げた。これから、3週間振りに彼に抱かれようというのに、無粋な携帯だ。
 おれは、一瞬たりとも彼から離れてはいたくなかった。
 キスをしたままワンピースを引き摺り下ろすように脱がされた。下着姿になると、ブラの中のおれの小さな胸に、彼の大きな手が滑り込んできた。
「あんっ!」
 昼間、女社長にされたのと同じことを、彼がしてくれた。
 3週間前よりも感度を増しているおれの体の上を彼の手がやさしく這うたびに、おれは、何度も官能の声を上げた。
 昼間も気持ちよかったけど、彼の手は、より力強くて、絶妙だった。
 これ、すごい。
 これまでになかったぐらい気持ちいい。
 そう思っていたところで、彼は、女社長とは違う行動に出た。彼に貫かれた。
「ひゃあああんっ!」
 物凄い悲鳴をあげた。そうしないと、意識が飛んでしまいそうだった。こんなに気持ちいいのに、こんなにしあわせなのに、気を失ってしまうなんて、もったいない。
 彼は、おれの感じるところを余すところなく愛撫し、彼のものがおれの中で何度も何度も暴れ回った。
「いいっ。そこ、いいのぉ」
 おれの悲鳴のような言葉に、彼は的確に応えてくれた。
「すごい。すごいよおーっ!」
 部屋中に響き渡る悲鳴と共に、おれは意識を失った。


 朝、目が覚めたとき、やっぱり彼が隣にいてくれた。彼は、おれの目が覚めるのを待っていてくれたみたいで、朝からおれを抱いてくれた。気持ちよかった。
 一緒に朝食を食べて、その後、また彼に抱かれた。朝の東京湾をふたりで眺めて、その後にもう1回。まだ何度でも抱いて欲しかったけど、さすがに彼は限界だった。
 昨夜から何度彼に抱かれたのだろう。まるで、アツアツの新婚さんみたいだ。とにかく、この体で彼に会えるのは、あと2、3週間しかないのだ。今のうちに、1回でも多く彼に抱かれておこうと思った。
 昼前に車で小娘のマンションまで送ってもらう。最後にキスをして別れた。
 きっと、昨日、女社長のマンションの玄関で再開したときから、この最後のキスまで、おれの言動を、イケメン秘書は事細かに女社長に報告するのだろう。おれがどんなときに、どんなことを言って、どんな表情をしたのか。おれが何をされたら、どんな声を上げて、どれほど感じていたか。彼女に対して、隠し事ひとつできない程に何もかも報告されてしまうに違いない。
 だが、構わなかった。そんなことを気にして、何もせずにこの貴重な期間を終わらせてしまうなんて、考えられなかった。だって、こんなに気持ちよくて、素敵な気分に浸っていられたのだ。女社長にどう思われようと、関係ない。目の前の幸福に手を伸ばさないでおくなんて、馬鹿馬鹿しいと思った。
 小娘の部屋に入ったところで、ポシェットの中の携帯が震えているのに気付いた。小娘からだった。
「もう、何回電話したと思ってるんですか」
 小娘が「おれ」の声で言った。珍しく、ちょっと疲れている感じがした。
「す、すまん」
 思わず、謝ってしまった。
「あのかっこいい秘書さんと会ってたんでしょ。まったく、会社のことほったらかしにして、何やってるんだか」
「あ、いや……」
「まあ、いいんですけどね。あたしも、さっきまで、あの社長さんをずっと抱いてたところでしたから」
「ずっとって――昨日の午後からか?」
 もう昼だから、半日以上も女を抱き続けていたというのか?
「そうですよ。もちろん、途中で、食事はしましたけどね。あとはだいたいずっと。――え? 全然寝てませんよ。さすがに疲れましたけど、向こうがやめるって言ってこないんですから、こうなったら、こっちも意地ですよ。結局、お互い、これから別のスケジュールが入っているので、そこで引き分けってことで別れました」
 凄いな。休み休みとはいえ、半日以上も眠ることなく女を抱き続けることができるなんて、呪をかけられた「おれ」の体の底なしの精力には、驚かされる。妻に言って、イケメン秘書にこの呪をかけてもらうことはできないのだろうかと本気で思った。そうやって、朝から夜まで、ずっと彼に抱かれていたら、どんなに気持ちいいだろう。おれは、そんな妄想で、体中がまた火照ってくるのを感じた。
「それで、例の委任状のことですけど」
「あ、ああ」
 小娘が何か喋っている。おれは、適当に相槌を打っておいた。体の火照りがおさまらない。自分の胸の小さな突起に手を伸ばすことを何とか思いとどまった。
「やっぱり、委任状は破棄するそうです」
「そ、そう」
「――あれ、何か、反応薄いなあ。委任状は破棄するって言ってるんですよ。会社、大変なんですから」
「そ、そうだな」
 おれは、どうも頭が回らない。そのうちに、小娘がしびれを切らしたように、言った。
「何それ? もうちょっと焦ってくれるかと思ったのに。――ごめんなさい。嘘です。委任状は破棄しないそうです。今度の株主総会で、当初の予定通り、うちの提案に全面的に賛成してくれるそうですよ」
「そうか」
「もう。何ですか、その投げやりな反応は。あたしが会社の危機を救ったんですよ。もっと、褒めてくれたっていいと思うんですけど」
 その後も、小娘は何やらまくし立てていたが、そのうち、「じゃあ、もういいです」と言って、電話を切った。
 おれは、切れてしまった携帯を、開いたまま、ベッドの上に落とした。
 何だっけ?
 ――ああ、そうだ。委任状のことだ。
 そうか。女社長は、委任状の破棄を思いとどまってくれたか。
 小娘が言ったように、これで会社は救われたのだ。本当なら、飛び上がって喜ぶようなことの筈なのに、なぜか、おれの心は醒めたままだった。おれは、小娘のベッドに寝転がって、おれの小さな胸を服の上からそっと触った。ほのかな快感が湧き上がって、気持ちよかった。しばらくの間、そうやって、軽い快感に浸っていた。
 今のおれには、会社のことなんて、現実感に乏しく、遠い国の話のような気がした。こうして、この少女の体がもたらしてくれる快感こそが、おれに取っての現実世界だと思えた。
 午後になって、ようやく起き上がり、屋敷に向かうことにした。駐車場にあったパステルカラーの軽自動車に乗り込む。おもちゃみたいな車だが、女子中学生みたいな今のおれには、却って似合っている。ものの5分で屋敷に着いた。
「いらっしゃいませ、お嬢さま」
 そう言って、通いの家政婦に迎えられた。
 そうだった。小娘は、最近は「お嬢さま」と呼ばれているという話を聞いたことがあった。その話を聞いたときは、侍女に過ぎない少女が「お嬢さま」とは、と鼻で笑ったものだが、実際に立場を入れ替えてみると、ありがたかった。通いの家政婦に年上の同僚として馴れ馴れしく話しかけられるのは勘弁して欲しい。それに、イケメン秘書に呼ばれたときにも思ったことだが、「お嬢さま」と呼ばれるのも、悪くない感じだ。
 家政婦をシャットアウトして、リビングで妻とふたりきりで話をした。
「お疲れさまでした」
 妻は、おれが昨日女社長のところに出かけていったことについて、それだけ言った。
 女社長の家を出た後、おれがどこで何をしていたか、とか、昨夜、電話をしたのにおれが出なかったことについては、一言も触れなかった。
「うまく行ったようだな」
 おれも、昨日のことについては何も触れず、女社長が委任状の破棄を思いとどまったことについて話すことにした。
「はい。昨日の夜に、あの方から電話がありました。委任状はそのまま。これで、株主総会は乗り切れそうです」
「本当に信用してもいいんだろうな」
 口では委任状は破棄しない、と言っておきながら、株主総会の当日になってそれを翻すなどということにもなりかねない。
「念のため、あの子には、電機メーカーの社内の動きや、あの方の会社の動きを注意するように言っておきました。秘書室長に指示を出すそうですから、そのあたりはうまくやってくれるでしょう。委任状の破棄などということになれば、あの方だって、失うものがあるわけですから、機嫌さえ直していただければ、あなたさまに味方してくれる筈です」
 確かに、女社長は妻と決別してしまっては、成長・老化を遅らせるという呪を解除されてしまう。あと5年、10年と今とそう変わらない姿――美少女の姿でいたいと思ったのなら、妻と袂を分かつなどということはしたくない筈なのだ。先週は、怒りに任せて委任状の破棄などと騒ぎ立ててみたが、怒りの納めどころをこちらから出してやれば、それで納得してくれる可能性は高かった。そのために、おれと小娘が体を入れ替えてまでして、女社長のところに行ったわけだが、小娘とは、朝までセックスしまくったという話だから、きっと機嫌も悪くないのだろう。もちろん、彼女の機嫌のよさについては、おれだってかなりの貢献をしたと思っているが。
「取りあえずは、これで一安心ということか」
「はい。できれば、今すぐにでもあなたさまを元の体に戻して差し上げたいと思うのですが――」
 元の体に戻す、と言われて、おれの脳裏には、あの不快な股間の異物の感覚が甦ってきた。
「い、いや。それは仕方がない」
「そう言っていただけると助かります」
「そ、それで、あとどのぐらいで元に戻せそうなんだ?」
 おれがそう訊くと、妻はすこし考え込んだ。
「はっきりしたことは申せませんが、あと2週間はかかりそうです。3週間まではかからないと思いますが」
 最初のときが1ヶ月、次が3週間だったから、2週間だとしたら、かなり周期が短くなっていると言えるだろう。妻が言っていたように、だんだんコツを掴んできたのかもしれない。このままどんどん周期が短くなってくれれば、1週間程度で入れ替えの呪を行なうことも可能になるかもしれない。そうしたら、毎年株主総会の前に体を入れ替えてもらって、女社長の支持を取り付けておく、という手も考えられる。一度入れ替わって、元に戻るまでの間は、小娘に社長業を代行させて、おれは休暇だと思ってこの体を楽しめばいい。
 そんな思いが頭を駆け巡ったが、そのことは口には出さなかった。
 取りあえず、あと2週間は元に戻れないということは、来週の株主総会のときには、この姿のままだということだ。株主総会での「おれ」の発言は、秘書室長が作ってくれるだろうから、小娘にまかせておけばこなすだろうが、この大事な総会にはおれも出席したいと思っている。「おれ」がこれまでとはまったく別の業種の会社の社長に就任するのだ。自分の夢の1つがかなう瞬間を誰だって見たい筈だ。
 午後の残りの時間は、屋敷で過ごした。
 取りあえず、屋敷のパソコンから社長宛のメールに一通り目を通す。前のときは、すべて放り出して出かけてしまったから、元に戻った後、仕事に慣れるまで、大変だった。リアルタイムで、とまでは行かなくても、その日、会社で起こったことぐらいは把握しておかないといけない。
 翌日から、おれはパステルカラーの軽自動車に乗って、毎朝10時半に屋敷へと「出勤」した。別に小娘のマンションにいたっていいし、1人でどこかへ出かけてもよかったのだが、それもつまらないので妻と一緒に屋敷にいることにしたのだ。やっぱり、この屋敷が一番落ち着く。
 この姿でいる限り、おれは妻の「侍女」という位置づけだが、最初に入れ替わったときにやらされたような掃除、洗濯という面倒な仕事は、通いの家政婦がやってくれるので、楽なものだ。社長宛のメールに目を通すという仕事もあるが、そう何時間も取られるというような仕事量ではない。おれは、妻と一緒にいて、気が向いたら通いの家政婦が作る料理を手伝ったりしていればよかった。
 午後になると、お茶の時間があって、それが一番の楽しみだ。お茶と一緒に食べるスイーツは、近くの店で買ってきたものが中心だが、たまには自分たちで作ることもあった。おれも、小さな体に大きなエプロンをつけて、クリームを泡立てたりケーキにトッピングしたりということを手伝った。料理なんて柄ではなかったし、そんな面倒なことをするのはごめんだと思っていたおれだが、これから自分で食べるお菓子を作るというのであれば、話は別だ。甘さだって、自分の好きなように調整できる。おれが泡立てたクリームは、砂糖をたっぷり入れたので、妻は甘すぎると言ったのだが、おれは、これまで食べた中でもトップ3ぐらいに入る美味いケーキだと思った。
 いつも屋敷にいるばかりでは退屈なので、たまには妻と一緒に出かけることもある。おれが、パステルカラーの軽自動車を運転して、買い物やドライブに出かけるのだ。ショッピングで、お互いに似合いそうな洋服を見つけては着せあっている様は、周りからは、とても仲のいい姉妹みたいに見えていることだろう。
 買い物やドライブ以外にも、妻を車に乗せて出かけることが何度かあった。目的地は、政治家の事務所だったり、財界の大物の会社だったり、とにかく、この国の最重要人物と目されるような者に会いに行くのだ。もちろん、かつて、「お茶会」で知己を得た者たちなのだろう。おれも「秘書」として妻とVIPたちとの会談に同席したが、妻は、彼らに対して、別段何かを頼み込んだりするわけではない。おれの会社の役員という肩書きが印刷された名刺を出して、会社のことを今後ともよろしく、と型通りの挨拶をするだけだった。
「今の会合に、一体、どんな意味があるんだ?」
 車に戻ったおれは、妻に訊いてみた。車の中だと、他人の目がないから妻のことを「奥様」などと呼ばなくていいからありがたい。
「今すぐどうこうするというような意味はありません。前にも言いましたが、今の時期は、わたくしの呪の力が強くなっている時期なのです。この時期に、一度お会いして、強くなった呪の力であの方たちと関係を保っておけば、わたくしのあの方たちに対する影響力がこれまでよりも、強くなるのです」
「どういうことだ?」
「そうですね。具体的に言いますと、今までは、わたくしに取って都合のいい噂話を電話で流してくれる程度のことしかしてくれなかったのが、電話ではなく、わざわざ会いに行って話してくれるようになる、というところでしょうか」
 そう言われても、わくわからない。
「その2つに違いはあるのか? どちらも、噂話を流してくれるということでは変わりがないのだろう?」
「そうですが、噂話を聞かされる側としましては、電話で聞かされるのと、実際に会って聞かされるのでは、インパクトが違うのではないですか」
 なるほど。確かに、そうかも知れない。
「だが、何のためにそんなことを――」
「決まっているではありませんか。あなたさまとわたくしのためです」
「おれと、お前の?」
「ええ。あなたさまの会社は、まだまだこれから大きくなっていくのでしょう? その過程で、今回の噂話のように少しでもお役に立てればと思って、今のうちから種まきをしておくのです。いつ、どの種が花を咲かせるかはわかりませんが、こうしてたくさんの種を撒いておけば、いつか、どれかが役に立ってくれるでしょう」
 小娘は、例によって屋敷にはほとんど帰らないようだった。毎晩、秘書の誰かのところに行っているらしい。女社長のところに行くこともあるそうだ。女社長との間は、元に戻ってから突然疎遠になるのもおかしいので、程々にするよう、釘を刺しておかなければならない。
 小娘が屋敷に戻ってこないので、おれが屋敷にいてもいいかとも思ったが、毎朝やってくる通いの家政婦の目もある。一応、おれは夕食の後に小娘のマンションまで帰ることにしていた。もっとも、夕食の後と言っても、妻と一緒に風呂に入ったり、その後、ベッドで楽しんだりということもあるので、深夜を過ぎることもたびたびだったが。
 イケメン秘書には、マンションに帰った後、大体、1日おきぐらいに電話をした。彼の方からかけてくることはない。このあたりが悲しいところだが、仕方がないと割り切った。
 女社長のお供をさせられたりして忙しい彼と会えるのは、電話をしたうちの半分ぐらい。仕事が終わった彼とどこかで待ち合わせて、会うと必ず彼に抱かれた。
 すべてを忘れ、彼に抱かれて、女の子の快感に浸る。彼の腕の中ではいつもしあわせを感じるおれだが、別れのときには、あと何回、この快感を味わえるのだろう、という寂しい気持ちになった。


 電機メーカーの株主総会には、おれも出席するように小娘に手配させた。いよいよおれの会社が他業種へと進出する晴れの総会だ。今は仕方なく小娘の体に閉じ込められているとはいえ、やはり、その瞬間に立ち会いたい、と思っていた。
 ところが、株主総会の2日前になって、女社長から連絡があった。
「急な話で悪いんだけど、あさって、写真集の撮影をやることになったの。来て」
 連絡は、おれの秘書用の携帯に直接あった。番号を訊かれた憶えも教えた記憶もないのだが、どうせ、イケメン秘書から聞いたのだろう。
「あさってですか?」
 電機メーカーの株主総会の日だ。おれは、断ろうと思って、言葉を探したが、それより早く女社長に言われてしまった。
「カメラマンの子が空いていて、学校を丸々1日借りられる日があさってしかないの。お願いだから、来て」
 どうやら、今度の撮影はどこかの女子高を1日借り切ってというものらしい。
「あさっては、株主総会がある日ですよね」
「ああ、あの電機メーカーのだっけ」
「大株主なんですよね。出席しなくていいんですか?」
「あたしが? 出るわけないじゃない。だって、あなたの会社に委任状出してあるんだから」
 それもそうだ。
「あの――。あたし、総会の方に出るように言われてるんです」
「そうなの? わかった。じゃあ、あたしがそっちの社長に言って、あなたはこっちに来られるように頼んであげる。あなただって、嫌だったんでしょ。あんな退屈なとこに行くのは」
「い、いえ。いいです。あたしが自分で言いますから」
 元はといえば、撮影場所もカメラマンも抑えてあったというのに、小娘が女社長の機嫌を損ねて延期になってしまった撮影なのだ。こちらとしては、これ以上断るわけにはいかない。また女社長を怒らせてしまったら、折角収めてくれた委任状撤回の話を蒸し返されてしまう。
 そんなわけで、おれは、おれの会社の他業種進出という晴れがましい場に立ち会うことさえできなくなった。
 小娘や秘書たちや会社の主だった役員たちが、電機メーカーの株主総会へ向かう頃、おれ1人が、写真集の撮影などというくだらなくて恥ずかしい仕事のために、女社長の元へ出向くことになった。唯一の楽しみは、撮影の「ご褒美」として、イケメン秘書との素敵なデートをセッティングしてくれているだろう、ということだった。本当のところを言うと、おれは、朝から彼との夜のことを想像して、ちょっと浮かれていた。
 撮影場所になったのは、ミッション系の伝統ある女子高だった。洋風の建物がいい感じに古くなっていて、それだけでも絵になる。まさに、蔦の絡まるチャペルで、という感じだ。
 前回は、とにかくメインは女社長。おれは、ひたすら背景に徹していればよかったのだか、今回は、女子高の先輩後輩というコンセプト。女社長とお揃いの制服を着て、2人で様々なポーズで写真を撮るというから、前回よりも難易度は格段に上がっている。そればかりか、おれメイン――つまり、おれが1人で撮られる写真もあったりして、大変だった。実際のところ、27歳のバツイチ女と中身35歳の男が女子高生の格好をしているコスプレ写真なのだが、実際に出来上がってきた写真を見ると、女子高生と女子中学生の美少女2ショットにしか見えなかった。
 制服は、前回女社長のマンションで試着したものがほとんどだったが、中には見慣れない服もあった。
「これは、どこの制服なんですか?」
「ああ、それはあなたのためにオリジナルを作ったの。ほら、こないだ言ってたじゃない。あなたに一番似合う制服を作って、それをあなたが通う学校の制服にするって。とりあえず、3つばかり作ってもらったの。まだ、試作品だけどね」
 その話、あの場限りのホラ話じゃなかったのか。有名デザイナーに依頼して試作品を3つも作ったとなると、既に結構な金がかかっていることになる。妹になって高校に通う話、いい加減ちゃんと断らないと、後々、めんどくさい事になりそうだ。少なくとも、今日の株主総会が無事に終わるまでは、そんなこと、怖くて口に出せないが。
 結局、校内の撮影ポイントを移動しながら、いろいろな制服に着替えて1日中撮影をして過ごした。今日も女社長は、おれのかわいらしさに満足してくれたようだった。
 撮影が終わったのは、夕方の4時過ぎ。最後の衣装は、ブレザータイプの制服。わざわざおれのために作らせたという試作品だった。
「お疲れさまでした」
 一通りの撮影を終えて、挨拶をした。これで、今日の予定は終わりだ。おれは早速元の服に着替えようとしたが、女社長に止められた。
「その制服、すごく似合っているから、そのまま帰ったら?」
「ええっ。でも、これ、試作品なんですよね。お返ししないと」
 おれとしては、写真集の撮影という特殊な場だったから、こんな女子高生の格好なんかができたのだ。それを街中で着るなんて、恥ずかしくて絶対に無理だ。
 もちろん、今のおれには、まったく違和感のない格好であることは、頭ではわかっているのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「あなたのために作ったんだから、構わないよ。何なら、今度会うときも、それを着てきてくれたら嬉しいな」
 こんなことを言われては、着て帰らないわけにはいかない。
 この学校は、名門女子高だけあって、お迎えの車のための駐車スペースが設けられている。以前に比べると、車で送り迎えという生徒は減ったらしいが、それでも、そう珍しくないぐらいの数はいるらしい。そこに迎えの車が来ているということだったので、そちらへと向かった。
「お嬢さま、お疲れさまでした」
 駐車場に着くなり、そう言って、おれに頭を下げたのは、イケメン秘書だった。
 黒塗りの高級車の前に立つ彼は、いつものスーツ姿ではなく、いかにも「運転手」といった装いで、帽子などかぶっている。
「あ、あの……」
 おれが戸惑っていると、彼は、「どうぞ」と後部座席のドアを開けて、おれを車に乗せてくれる。
「それでは、出発いたします」
 そう言って、彼は、車を走らせた。彼と一緒の車、というのはいいのだが、おれはちょっとがっかりして、後部座席で黙り込んでいた。いつもは、助手席から彼の端正な横顔を見るのが好きだったのに、後部座席からでは、後姿もろくに見えない。
「あの、これ、何なんですか?」
 おれは、彼に訊いてみた。多分、これも女社長が用意してくれた趣向の1つだ。
「ああ、これ? これは、予行演習というか、プレゼンテーションというか、そういうものかな」
 イケメン秘書は、さっきまでの礼儀正しい話し方ではなくて、いつものようなきさくな喋り方でおれに接してくれた。よかった。あんな喋り方でずっと接してこられたら、どうしていいか、わからなかった。「お嬢さま」と呼ばれるのは、ちょっと嬉しいけれど、何度も何度もそう呼ばれると、恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
「予行演習って、何ですか?」
「だって来年から君はどこかのお嬢さま学校に通うんでしょ。これはその予行演習。学校が終わると、こんな感じでぼくが迎えに来ますよって。あ、ぼくは運転手兼ボディーガードね」
「はあ」
 おれが女社長の妹になって、女子高に通うというのは、もはや既成事実なのだろうか。本当に、早めに対処しないと、大変なことになる。元の体に戻って、小娘にそんなことができるわけがない。ていうか、小娘のことを彼が毎日送り迎えするなんて、絶対に嫌だ。
 それにしても、いくら名門の女子高とはいえ、黒塗りの高級車で、お抱え運転手の送り迎えで学校に通っている女子高生なんて、いるのだろうか? ひょっとしたら、これも「ごっこ遊び」の1つなのかもしれない。
「ということで、今日は、女子高生の放課後ツアー。女子高生らしい場所に行こうと思って。一応、行く場所はいくつか決めてあるけど、行きたいところがあったら、そこでもいいよ。高校生のときの行きつけの店とかで行きたいところがあったら、連れて行ってあげる」
 おれにそんなことを訊かれてもわからない。小娘だって、伯母の家から金銭をやくりくして高校に通っていたのだから、そんなに遊んでいたとは思えない。
「あの、どこでもいいですから」
「そう。じゃあ、まず、お茶にしようか。女子高生に人気のパフェの店」
「パフェ!」
 その一言で、おれのテンションが一気に高くなった。
 彼が連れて行ってくれたのは、最近、女子高生の間で人気の大盛パフェの店。店は、制服を着た女の子たちで溢れてる。混んでいたので、10分ぐらい並んでいたのだが、その間、店から出てくる客の女の子たちから必ず見られた。
「何だか、あたしたち、注目集めてません?」
「そりゃあ、君みたいにかわいい子がいるから」
 冗談だと分かっていても、彼に言われると、嬉しい。
「いや、ほんとに君のことを見て、『あの制服かわいいね』って言ってた」
「制服が、ですか?」
 有名デザイナーにわざわざ作らせた制服だ。まだ試作品段階とはいえ、かわいいに決まっている。
「どんなかわいい服も、着ている子がそうじゃなかったら、誰も『かわいい』なんて言わないよ。みんな、君がかわいいから注目するんだと思うよ」
「そんな――。男の人が珍しいからですよ」
 おれは、ちょっと赤くなって、そう言った。
「まあ、それもあるかな」
 店内にいる客は、ほぼ女の子のグループ。カップルで来ている客は何組もいない。
「それに、その格好」
 今日のおれたちは、いかにも「お嬢さまとその執事」という感じ。これじゃ、誰だって、何者だろうかと気になるに決まっている。しかも、単なる「お嬢さまと執事」ではなく「美少女令嬢とイケメン執事」だ。注目するなと言うほうが間違っている。
 パフェは普通の3倍ぐらいの大きさのが出てきた。これを見ているだけで、しあわせな気持ちになる。味の方はというと、アイスクリームも、生クリームも、正直あまりいいものは使っていない。女子高生がメインターゲットということで、大きさが3倍なのに、値段が普通のパフェの1.5倍ぐらいに抑えてあるから仕方がないのだろう。でも、とても甘かったので、許す。
 その次は、買い物に行こうと言われたけど、辞退した。女子高生向けの店は、以前、一度行ったけど、おれの趣味じゃないし、第一、あのノリにはついていけない。
「じゃあ、カラオケにでも行こうか」
 イケメン秘書とカラオケというのは、イメージ的に結びつかないので、ちょっと驚いた。女子高生の遊び場としては普通だと思うが、今のおれたちみたいな「お嬢さまとその執事」がカラオケボックスに行くというのも変な感じだろう。
 彼は、最近のJポップを歌った。結構うまい。おれは、最近の曲はよく知らないので、おれが学生の頃によく聴いていた女性シンガーの曲を歌った。曲を入れたときは、「古い歌、よく知ってるね」と言われたが、歌い出すと、「かわいい」と言って、喜んでくれた。おれは、それに気をよくして、昔のアイドルの曲を、かわいらしく歌って見せた。彼は、「最高」と言って拍手をくれる。本当に喜んでくれたみたいだ。
 彼が歌っているときに、次の曲は何にしようかと、分厚い本をめくりながら考えていたら、おれの秘書用携帯にメールが入った。小娘からだ。「おれ」が無事電機メーカーの社長に就任した、という内容だった。ほんの少しだけ感慨に耽っていたが、彼に「次、何歌う?」と言われて、慌てて次の選曲にかかった。
 狭いカラオケボックスで彼とふたりでいると、会社の経営権がどうの、社長就任がどうの、という話は、月の世界の話のように、現実感がなかった。
 夕食は、カラオケで軽く済ませてしまって、あとは、ホテルで彼に抱かれた。彼に抱かれるのは、いつものことだったが、今夜の彼は、いつもよりも興奮しているみたいだった。おれが、ブレザーの制服を着ているからだろうか? ひょっとして、彼って、制服フェチなのか?
 彼は、いつもよりも荒々しい手つきでおれを愛撫してくれて、おれはいつも以上に感じてしまった。
 彼は、今日の「お嬢さまと執事ごっこ」をプレゼンテーションと言っていた。女社長の妹になって、女子高に通ったら、こんな生活が待っている、ということだ。
 こんな風に、女子高生として毎日彼に送り迎えされて、毎日彼と一緒に遊んで、毎晩、彼に抱かれる。こんな生活もいいかもしれない。
 彼に抱かれながらおれは、頭の片隅でそんなことを考えていた。

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》 - ジャンル : 小説・文学

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