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呪遣いの妻 17

 小娘の体に戻って、2週間。おれは、美少女でいることを楽しんでいた。
 かわいらしい服を着て、それを鏡に映して自分の姿を鑑賞するのは楽しいし、そのための洋服をショッピングで物色するのは、もっと楽しかった。毎日、お茶の時間にどんな甘いものを食べようかと考える時間も、実際にそのスイーツを食べるのも、おれに取っては至福の時間だった。もちろん、妻と一緒に甘いお菓子を作るのも面白くて、充実した毎日を過ごしていた。
 最近は、1人で街に出かけたりもする。やたらと男に声をかけられるのが鬱陶しかったけど、おれのことを「かわいい」と認めてくれているわけだから、ちょっとは嬉しかったりする。女社長から貰った試作品のブレザーの制服を着て、放課後の時間に女子高生で溢れているような街に出かけると、いろいろな制服姿の女の子たちが、おれの方を見て何やら話しているのがわかる。
「今の制服、かわいいね。どこの学校のだろう?」
「着ている子もすごいかわいかったよ」
 おれの耳には、いつもそんな声が聞こえている。そんなとき、おれは、自分がとびきりの美少女だということを実感して、優越感に浸っている。イケメン秘書と「お嬢さまとその執事」として街に出たときに、周りから注目されている、と認識して以来、おれは、他人から見られるという快感に目覚めつつあった。
 そして、何よりも――。
 おれは、イケメン秘書とのセックスに嵌っていた。以前よりも、ずっと敏感になったこの体は、まだまだ彼に抱かれるたびに感度を増していくという気さえする。かつて、調査会社の男は小娘のことを評して「男を知ればベッドの上で乱れまくるという淫乱な美女になる」と言ったが、まさしくそんな感じだ。彼と体を重ねるたびに、おれは新たな女の歓びを知る思いだった。
 おれは、心のどこかで、この生活が永遠に続けばいいのに、と思い始めていた。
 だが、この世に永遠などというものは存在しない。
 いずれは終わりが来る。それは、妻の口から告げられた。
「もうそろそろ、入れ替えの呪が使えそうです」
 おれが、元の体に戻るときが来た、ということだ。
 それを告げられたのが火曜日で、金曜日の夜に呪を行なうということになった。おれには、3日の猶予しか残されていない。
 おれは、女社長に電話をかけた。
「あら、あなたから電話してくるなんて珍しい」
 こちらからかけたのは、これがはじめてだ。おれは一通りの挨拶をしてから、尋ねた。
「写真集の撮影、あれで終わりでしょうか?」
「一応、終わりなんだけど、気に入らない写真がいくつかあるので、撮り直したいとは思ってるの。でも、スケジュールがねぇ。あなたに無理言うのも悪いし」
 おれは、しめたと思った。
「あたしなら、大丈夫です。どうせ、暇ですから。今週中に声をかけてくれたらスケジュールを空けますので」
 そう言っておいたら、翌日、妻の元に秘書を貸して欲しいと女社長から電話があった。秘書というのは、もちろんおれのことだ。次の撮影は、翌週の水曜日。これで元に戻る予定が1週間延びた。おれは、口では「残念」と言っていたが、心の中では舌を出していた。
 当初、元に戻る予定だった金曜日の夜、マンションに1人でいたら、小娘から電話があった。Tシャツ短パンという格好でくつろいでいたときのことだ。出掛けるときは、かわいい格好をするが、家にいるときは、こうやって軽装でいることが多い。別に、1人なのだから、下着姿でもいいのだが、ブラジャーをつけた胸があまりに小さくて悲しくなるので、Tシャツは必ず着用するようにしている。
「今から、そっち行っていいですか?」
 携帯から「おれ」の声が聞こえてきた。
「ここへ来るのか?」
「だって、元々あたしのマンションですよ。いいじゃないですか」
 それはそうだが、今は、おれが住んでいる部屋だ。それに、密室に男女が2人きりというのは、まずいのではないだろうか? 「おれ」の姿の小娘に入って来られたのでは、今のおれでは、何ら抵抗できずに、いいようにおもちゃにされてしまいそうだ。
「秘書のところに行けばいいだろう」
 貞操の危機を感じたおれは、そう言って、小娘を追い払おうとした。
「だって、みんな予定があるって言うんですよ。元々、今日は、元に戻るために空けてあったんです。それで、秘書の子たちも、それぞれ予定を入れちゃったみたいなんです。それが、元に戻るのが急に1週間延びたじゃないですか。だから、今日は誰も予定が空いてなくて、困ってるんです」
「女社長のところとかに行けばいいだろう」
「旦那さまが、あの人とはあんまり頻繁に会うなって言ったんですよ。元に戻った後に面倒だからって。それで、あの人を抱きたいのを我慢してるんですから、そんなこと言わないでくださいよ。もっとも、あの人は、今日は名古屋の実家に帰っていて、いないんですけどね」
 もう既に連絡を取ったんじゃないか。もし、女社長の予定が空いていたら、おれの言うことなんて無視して、彼女に会うつもりだったに違いない。
「だったら、妻のところに行け。あれなら、確実に今の時間、屋敷にいるから」
「奥様ですか?」
「不満だとでも言うのか?」
「そんなことないですよ。でも、奥様は、明日あさってと、ずっと抱いてあげることになってるんですから、何も、今夜行かなくても」
「だからと言って、おれのところに来なくてもいいだろう」
「そんなこと言わないでくださいよ。今夜は、あたしが旦那さまを夢の世界に連れて行ってあげますから」
「ば、馬鹿を言うな!」
「だって、旦那さま、あのかっこいい秘書の子にいつも抱かれてるんでしょ。どんな風に抱かれてるのか、全部聞いてるんですから。旦那さまが男に抱かれるのが大好きなエッチな女の子だって事は、わかってるんですからね」
「う、うるさい!」
「あの秘書の子に抱かれるのって、すごく気持ちいいんでしょ。でも、テクニックだったら、あたしの方が上なんですよ。向こうの社長さんもそう言ってましたから。あたしの方が、女の子がどんな風に感じて、どんなことをしてもらいたいかをよくわかっているって言われちゃいました。まあ、あたしだって、昔は女の子でしたから、当然なんですけどね」
 そう言えば、最近、一番若い秘書と電話で話したときに、「最近の社長はとにかく凄い」という話になって閉口した憶えがある。フィンガーテクも凄いが、こちらが感じたいときに、感じたい場所を的確にヒットしてくるのだそうだ。不覚にも、おれはそのとき、1度抱かれてみるのもいいかも、と思ってしまい、ブルブルと首を振って、慌ててその考えを頭から追い出した。
 だが、今、またそのときのことを思い出して、小娘に抱かれるおれ、というのを想像してしまった。体の奥がちょっと熱くなりはじめている。
「だって、考えてもみてくださいよ。今の旦那さまの体、あたしの体だったんですよ。ぶっちゃけ、あたしは、その体が感じるところ、全部知ってるんです。他の女の子たちのときは、多分この辺かなって、半分勘を頼りにするんですけど、それでも、あたしに抱かれると信じられないぐらい気持ちいいって言うんですから。それが、旦那さまの体だったら、完璧に感じるところだけを責めてあげますから。多分、今まで見たこともないような凄い世界に行けると思いますよ。どうです。やっちゃいましょうよ」
「い、いや――」
 おれは、迷いはじめていた。いや少なくとも、おれの頭の中では迷いなど何もない。「おれ」の姿をした小娘に抱かれるなどということは、ありえない。だが、おれの体――少女の淫乱な体は、おれがこれまで味わったことがない快感をもたらしてくれるかもしれない小娘とのセックスに対して、興味津々だった。
「まあいいや。だったら、せめて、部屋に入れてもらえます? シャワー浴びたいんですよ」
「シャワーぐらい、どこか、ホテルでも取って、そこで浴びればいいだろう」
「今からですか? めんどくさいじゃないですか。あ、ひょっとして、部屋に入れたら、無理矢理犯されるとか心配してるんですか? 大丈夫ですよ。だって、あたしは、奥様の命令で、旦那さまには指1本触れちゃいけないことになってるんですから」
 そうだった。侍女である小娘に取って、妻の命令は絶対だ。口では何を言おうとも、おれを襲ったりということはない筈だ。
 しばらくの間、「行きたい」「来ちゃ駄目だ」という押し問答をしていたが、そのうちに、小娘が困ったようにこんなことを言ってきた。
「あの。できれば、シャワーじゃなくて、トイレだけでもお願いしたいんですけど」
「トイレって、お前、どこにいるんだ?」
「玄関の前まで来ています」
 おれは、慌てて玄関まで走っていく。チェーンを外してドアを開けると、携帯電話を耳に当てた「おれ」の大きな体がそこにあった。
「ああ、助かった」
 目の前の男がそう言うと、わずかに遅れて、同じ声がおれのピンクの携帯のスピーカーから聞こえてきた。
 小娘は、おれに断りもなく、どやどやと中に入ってきて一目散にトイレを目指した。
「ああよかった。もうちょっとで漏らしちゃうところでした」
 おいおい。頼むから、「おれ」の姿でそんな恥ずかしいことをするのだけは勘弁して欲しい。
「ついでにシャワー、借りますね」
 バスルームの中から声がした。おれは、玄関に戻って、ドアに鍵をかけてチェーンをする。一瞬、このドアは鍵をかけておかない方がいいかもしれない、という思いが頭をよぎる。いや、大丈夫だ。こいつは、妻の言うことに逆らえない筈だ。そう思いながらも、おれはリビングで身構えながら小娘がシャワーを終えて出てくるのを待った。
 しばらくすると、「おれ」の姿の小娘が、パンツ一丁にバスタオルをかけただけという姿で出てきた。
「なんて格好だ。ちゃんと服を着ろ」
「ええっ。元は旦那さまの体でしょ。別にいいじゃないですか」
「よくない」
 おれは、立ち上がって、奥の寝室へと移動する。
「あっ、待ってくださいよ。逃げなくたっていいじゃないですか」
 おれと小娘の今の体格差。それに、向こうが半裸の状態だということを考えたら、誰だって逃げ出したくなる。妻の命令が効いているので、おれに狼藉を働くことはないと思うが、非力な少女になっている身としては、やっぱり、怖い。
「ふうん。結構きれいに使ってくれてるんだ」
 小娘が、部屋を見回しながら、寝室に入ってきた。もう、これより奥はない。おれは、ベッドの上に乗り、壁を背にして座った。少しでも小娘との間を遮る物が欲しくて、ベッドの上にあった大きな枕を抱いた。
「旦那さま、どうしたんですか? 顔が赤いですよ」
「どうしたって言われても……」
 おれは、小娘から目をそらした。小娘の穿いているパンツの前がもっこりと盛り上がっていたからだ。
「あれ、旦那さま、恥ずかしいんですか? ひょっとして、これを見るのが恥ずかしいとか? そんなわけないですよね。元々、旦那さまのものなんだし、その体になってからも、見慣れているんでしょ」
「う、うるさいっ」
 おれは、横を向いたまま、そう言った。駄目だ。小娘の方なんて、恥ずかしくて見ることができない。
「うわっ。かわいいなあ。枕を抱えて、そうやって顔を赤らめていると、本当に初心な女の子みたいですよ。大抵の男は騙されちゃいますよね。本当は、いつもセックスのことばかり考えている淫乱な女の子なのに」
「……」
「ねえ、こっち見てくださいよ。よかったら触ってもいいんですよ。旦那さま、好きなんでしょ、これが。これで、旦那さまのことを気持ちよくさせてあげますから」
 そう言って、小娘は、ベッドの上に乗って、おれとの距離を詰めてくる。
「く、来るな」
「別に何もしませんから。奥様の命令ですからね。もちろん、旦那さまが何かして欲しいって言えば別ですよ。すぐにでも天国に連れて行ってあげますから」
 その言葉に、一瞬、小娘に抱かれるのは、どんな気持ちなのだろう、と想像してしまう。小娘のテクニックは、女社長や秘書たちのお墨付きだ。どんなに凄いんだろう――。
「ねえ、旦那さま、キスだけでもしませんか?」
「キス、だと?」
「キスぐらいさせてくださいよ。折角来たんですから」
 そう言いながら、小娘がおれに近寄ってくる。
「だけど……」
「キスしたら帰りますから。それなら、いいでしょ」
 おれは、黙り込んだ。正直、キスだけだったら、という気持ちになってきている。というよりも、小娘のキスの味がどんなものか、味わってみたい気がしている。秘書たちも「社長とキスしただけでイキそうになる」と話していたことがあった。
「わ、わかった」
「ほんと?」
「ただし、キスだけだぞ。それが終わったら、帰るんだぞ」
「もちろん。旦那さまが帰れって言うなら、帰りますよ」
 そう言うと、「おれ」の姿をした小娘は、おれに襲い掛かってきた。
「お、おいっ」
 抵抗する暇もなく、おれは、「おれ」の姿をした小娘に抱きかかえられて、気付いたときには、おれの小さな体は、ベッドに押し倒されていた。
「な、何するんだ。キスするだけだって――」
「だって、キスは、抱きしめないとできないじゃないですか」
「そんなことはな――」
 抗議の言葉を「おれ」の唇で塞がれた。
「んっ」
 ベッドに押し倒されたおれの体に、「おれ」の大きな手が這ってくる。その大きな手は、Tシャツをめくりあげて、おれの小さな体を愛撫する。
(やめろ、約束が違う)
 だがおれの口は、小娘によって塞がれたまま、声は出ない。抗議しようにも、「おれ」の力で押さえつけられてしまっては、小柄で非力なおれの力では、体ひとつ動かすことができない。
「んんっ!」
 小娘に、おなかの横の感じるところを触られて、体が跳ね上がりそうになった。凄い。何、この感じ?
「んっ、んっ、んっっ!」
 小娘に、おれの感じるところをどんどん責められる。おれの体が熱くなり、意識が飛びそうになる。
「何、この子。このぐらいで目を潤ませちゃって。あたしって、こんな感じやすかったっけ?」
 小娘が何か言っている。――あ、いつの間にか、塞がれていた口が開いていた。
「ひゃうんっ!」
 また小娘に感じるところを刺激されて、声が出た。
「あっ、いけない。キスでしたね。それじゃ、もう一度」
「ふぇ?」
 再び、小娘が、口を塞いできた。今度は塞ぐだけでなく、「おれ」の大きな舌が、おれのかわいらしい口の中に侵入してくる。
「んんっ。んんっ」
 小娘が、舌を絡ませてくる。同時におれの感じるところにピンポイントで愛撫が続いている。
 駄目だ、何も考えられない。気持ちいい。
 体が熱い。とろけそう。でも、まだこんなもんじゃない。
 もっと気持ちよくなりたい。もっと。もっと。
 おれは、自分から、小娘のキスと愛撫を求めた。小娘と舌を絡ませ合った。本当だ。キスだけで、イッてしまいそうになる。
「はあ、はぁ――」
「うわあ。気持ちよさそう。すごい幸せそうな顔して。いいなあ。――それじゃ、キスしたので、あたしは、帰りますからね」
「え?」
 小娘が何か言ってる。いつの間にか、キスは終わってしまった。まだ満足していないのに。
 「おれ」のたくましい体が、おれから離れて、起き上がる。
「ちょっと、何、くっついてるんですか? あたしは帰るんだから、離してくださいよ」
「嫌だ」
 反射的にそう言って、「おれ」のたくましい体にしがみついた。
「帰れって言ったの、旦那さまでしょ」
「帰っちゃだめ」
「もう、どうしてほしいんですか?」
 頭なんて全然回っていない。おれは、本能のままに、こう言った。
「抱いて」
 小娘がおれの方を向いて、「おれ」の顔でニヤリと笑った。
「そんなに抱いて欲しいんですか?」
「え?」
「仕方がないなあ。こんなかわいい女の子にお願いされたら、男としては、断るわけにはいかないじゃないですか」
 そう言って、小娘は、おれの着ていたTシャツをめくりあげて、脱がせにかかった。
「ち、ちょっと」
 どうして? 妻の命令で、おれには指1本触れられないんじゃなかったのか?
 おれは抵抗するが、力でかなうわけがない。あっという間にTシャツをむしりとられた。ブラジャーに包まれた小さな胸を見られるのが恥ずかしくて、胸を隠していたら、体ごと持ち上げられて、今度は短パンを脱がされてしまった。
「あっ、だめ」
「何言ってるんですか。抱いて、って言ったのは旦那さまですよ。こんなの着てたら抱けないでしょ」
「そんなこと言ったって――」
「旦那さまって、恥ずかしがりやさんなんだ。かわいいなあ」
 小娘は、そう言って、ブラの中に大きな手を入れてくる。
「ひゃっ」
「旦那さま、まさか、さっきのキスで気持ちいい、なんて思ったんじゃないでしょうね」
「ひゃうんっ」
「あんなものは、お遊びですから。もっと凄いことをしてあげます」
 今度は、ショーツの中に手が伸びてきた。
「やっ、やめて」
「心にもないことを。こんなに濡らしちゃって、やられる気満々のくせに」
「だめっ」
「本番は、これからですからね。あたしが一晩中イカせてあげますから」
「いやっ」
「その体を好きなだけ満喫してください」
「あうんっっ」
「あたしなしでは、いられないようにしてあげますから」
「ひゃあぁん」
 結局、その夜、おれは小娘に一晩中抱かれた。
 凄かった。
 秘書たちが「おれ」の姿をした小娘の虜になっているのがよくわかった。
 イケメン秘書のやさしいタッチとは全然違う荒々しい愛撫は、おれの体に眠っていた快感を容赦なく搾り出す。「おれ」のもので小娘に激しく突き上げられると、おれの体を快感の激流が突き抜けていく。おれは、意識を飛ばすまいとして、必死に小娘にすがりつき、のどが涸れてしまうほどの嬌声を上げ続けたが、何度も何度も絶頂に達し、その都度、意識を手放した。次に気付いたときには、小娘の愛撫が始まっていて、おれの快感は、おさまることなく、おれは、喘ぎ続けていた。
 小娘の無尽蔵の精力は、夜が明けても、おれに快感をもたらし続けてくれた。
 朝の光の中でも何度も抱かれ、すべてが終わると、小娘はもう1度シャワーを浴びて、おれの部屋を出て行った。これから、屋敷に行って、妻を抱いてくるのだそうだ。おれは、ベッドの上でシーツにくるまって、焦点の合わない目で小娘が出ていくのをぼんやりと見ていた。
(凄かった)
 ただでさえテクニック抜群の小娘が、感じるところを知り尽くしている「自分の体」を抱いたのだ。
 目くるめくような快感。今まで経験したことがなかったような夢のような世界に連れて行ってもらった。
(また、気持ちよくなりたい)
 おれは、こんな凄い快感をもたらしてくれるこの体を手放すのが、惜しくて仕方がなかった。


 土曜日は、どこへも行かなかった。
 半日寝て、半日はぼんやりとベッドの上で過ごした。
 イケメン秘書は、女社長について北海道に旅行中だそうだ。頼めば、おれも連れて行ってくれたんじゃないかと思ったが、もし、ついていってたら、昨夜の小娘との夢のような一夜を体験することはできなかったのだと思って、これでよかったのだと自分を納得させた。仕方がないので、ときどき、小娘に抱かれたことを思い出しながら、自分で自分の体を弄んだ。
 日曜日は、出かけることにした。
 ちょっと大人っぽいメイクをして、短いスカートを穿く。これまでよくあったようなお嬢さま風のファッションではなく、ちょっと軽めの女子高生という感じ。もちろん、おれのかわいらしさは、まったく損なわれてはいない。短いスカートはちょっと恥ずかしかったが、その格好で、朝から若者が集まる街へと出かけた。
 適当に街を歩いていると、時々声をかけられた。芸能プロダクションのスカウトを名乗る輩だ。残念ながら、今のおれは、そんなものには少しも興味がない。モデルは、女社長のところで散々やらされている。
 若い男からは意外と声をかけられない。がっかりだ。化粧を大人っぽくして、年齢相応にしてみたのだが、やっぱり中学生ぐらいにしか見えないのだろうか。そのかわり、サラリーマン風の男にはよく声をかけられた。露骨に金額を言ってくるものもいる。援助交際目当ての少女だと思われてるらしい。
 援交目当ての男はとりあえず無視して、ナンパしてくる若い男の中から、なるべく危なくなさそうな奴についていった。大学生ぐらいだろうか。イケメン秘書に似ていなくもない。
 カフェでケーキをおごってもらって、その後は、カラオケに行こうと誘われたが、そんなまどろっこしいことはしていられない。
「それより、もっと行きたいところがあるの」
「え?」
「あそこ」
 おれが指差した先には。ラブホテルの看板。
「ええっと……」
 男の戸惑いが伝わってくる。それはそうだ。まだ昼前だ。そんな時間にこんな美少女にホテルに行こうと誘われるなどといううまい話がある筈がないと考えているのかもしれない。美人局かと疑われるのは心外だったが、まあ、この状況からすると仕方がない。おれがもっと不細工だったら、そんなこともありだと思われたかも知れないが、今のおれは美少女過ぎるのだ。彼が迷っているようだったので、しびれを切らしたおれは、彼に体をすり寄せて、こう言った。
「ねえ。早く行こうよ」
 上目づかいに、かわいらしい声で、ちょっとあどけない笑顔を見せてやったら、彼の理性が弾けて落ちた。簡単だ。
 彼は、ラブホテル自体には慣れているみたいだったので、ちょっと期待したが、セックスは期待はずれだった。感じないわけではなかったが、満足には程遠かった。これだったら、秘書たちに遊ばれたときの方がよっぽど気持ちいい。彼が、ゴムつけることにこだわったのも、興ざめだった。それで失敗したことがあるのかもしれないが、ゴム越しでは気持ちよさも半減する感じだ。ホテルを出て、その場で別れた。名前も教えなかった。
 再び街を歩く。相変わらず、援交目当てで声をかけられることが多い。何となく、相場みたいなものがわかってきた。
 そんな中で、「10万出す」と言う男が現れた。破格の金額だ。歳は40ぐらい。日曜日だというのに、スーツ姿。いい物を着ていた。青年実業家という感じか。いずれにしても、そこそこの金持ちなのだろう。
「ええっ、でも――」
 型通り断っていたが、そのうち、「大丈夫。ちゃんとゴムはつけるから」と言ってきた。別にそんな必要はないのだが、それで承諾したことにした。
 ホテルに入ると、「ゴムなしでやらせてくれたら、もう10万出す」と言われた。そのうち、処女だったら、100万出す、とか言われそうだ。別に構わないので、生でやらせてあげた。
 経験豊富そうな男だったので、ちょっと期待してみたのだが、それほどでもなかった。さっきの若い男よりは、はるかによかったが、小娘やイケメン秘書に比べると、全然だ。どんなに経験があったって、うまいとは限らないという実例を見つけて、おれは何だかほっとした。と同時に、小娘やイケメン秘書みたいなのは、例外中の例外なのだと改めて思った。女社長の秘書にはイケメン秘書以外にも、彼女を満足させられるようなテクニシャンが揃っていると聞く。おれは、今度、女社長に、セックスの上手い秘書をどうやって集めているのかを訊いてみようかとさえ思った。
 援交でおれを買った男は、しつこくおれの連絡先を聞きたがった。余程おれのことが気に入ったらしい。おれが口を閉ざしていると、約束の20万の他に、5万円を上乗せすると言い出した。おれは、金などいらないので断っていたのだが、彼は携帯番号を書いたメモと一緒に金を置いていった。おれは、仕方なく25万という金を持って、ホテルを出た。メモは部屋のゴミ箱に捨ててしまった。
 こんな金、持っていても、体を売ったみたいで気分が悪い。いや、端から見たら体を売ったに違いないのだが、おれとしては、イケメン秘書や小娘以外の男に抱かれてみたくて、興味本位でやったことだ。だから、こんな金など持っていたくない。何かを買って、物が残るのも嫌だし、かと言って、この額では食べてしまうということもできないだろう。そう思って街を歩いていたら、場外馬券売り場があった。夕方近かったので、もうやっていないかと思ったら、最終レースの10分前だった。
 おれは、ここで金を使ってしまうことにした。どうせなら当たりそうもない馬を買おうとして、オッズ表示の画面の中で、一番配当の高い馬の単勝を買うことにした。オッズは200倍を超えていた。
 今のおれは未成年なので、止められるかと思ってサングラスをかけた。自動発売機で買ったら、誰にも見咎められず、男が置いていった25万は1枚の勝馬投票券に変わった。しばらくして、オッズ画面を見たら、さっきまで200倍を越えていたおれの馬のオッズは70倍に下がっていた。それでも、25万の70倍と言うと、2000万近い額になる。当たってしまったらどうしようかと思いながらレースを見ていたが、そんな奇跡は起こらなかった。おれの買った馬は、途中で画面に映らなくなり、結局、何着だったかもわからなかった。


 月曜日に屋敷に出かけていったとき、妻と今後のことについて話し合うことにした。女社長とどのように付き合っていくかという話だ。おれが女社長の「妹」になって、お嬢さま学校へ通う話がどんどん具体化しているみたいだし、さすがに、そろそろ結論を出さないと、まずい。
 妻はおれの顔を見て、重要な話だと察したのか、おれを地下室へと案内した。この地下室には、入れ替えの呪を行なったとき以外には来たことがない。おれが緊張しているのを見て取って、妻がこう言った。
「硬くなられることはありません。大事なお話のようですから、外のものに邪魔されないようにこういった場所の方がいいかと思って、こちらにしたのです。もしも、ここではお話しづらいと言われるのでしたら、上の部屋に参りましょうか」
「いや、ここでいい」
 ここに連れて来られたときには緊張感で強張ったが、重要な話なのだから、こういう場所の方がいい。
 まずは、おれの考えを妻に話した。
 おれの考えは、こうだ。
 取りあえず、「妹」の話は断るしかない。当然、女子高に通う話もなしだ。さすがに、元の体に戻ったら、小娘にそんなことができるとは思えない。中身が小娘では、女社長の不興を買うことは間違いない。また「別人のようだ」と言われて、女社長の機嫌を損ねてしまう。どうしても妹になれ、と言われたら、妻に、自分の侍女だから、ということで突っぱねてもらうしかない。
 おれの方も、「社長」として女社長とは極力顔を合わせないようにする。女社長とセックスなんて、絶対にしない。
 ただ、小娘もおれも、今後、一切、女社長と会わない、というわけにはいかない。来年になったらまた電機メーカーの株主総会があるので、委任状を貰わなければならない。現状では、おれが電機メーカーの経営権を握り続けるには、女社長の協力が不可欠なのだ。
 おれの会社の持ち株比率を少しずつ上げていって、電機メーカーの社内におれの会社寄りの役員を増やし、女社長の委任状などなくても電機メーカーを牛耳れるようになればいいのだが、そこまで行くには少なくとも3年はかかる。3年あれば、おれが行なう社内改革が成功して、大きな利益を上げることができる筈だ。そうなれば、役員も安定株主もこちらに引き込んで、女社長やメインバンクの株がなくても、過半数を取ることができるだろう。だが、それまでの間は、おれが電機メーカーの社長の地位を維持するために、どうしても女社長の協力が必要だ。
 ということで、来年の株主総会の前には、また、小娘と体を入れ替えて、女社長のご機嫌を取り結び、委任状を取り付けるということが必要になる。1度入れ替わってしまうと、しばらくの間、元に戻れないが、これはもう仕方がない。元に戻るまでの期間は、どんどん短くなっているので、うまく行けば、1週間程度で戻れるようになるかもしれない。もし、そうであれば、3ヶ月に1回ぐらい入れ替わって、その時期に女社長と会っておく、ということも可能だろう。1年間ずっと音信不通で、株主総会の前だけ会うなどというのは、あからさまで却って機嫌を損ねるかもしれないが、何ヶ月かに1回、彼女の希望に合わせるような形で体を入れ替えれば、向こうも違和感なく、納得してくれるだろう。
 おれは、そんな話を妻にした。
「なるほど。ということは、いずれ、あの方とは手を切る、ということですね」
 おれの話を聞いた妻はそう言った。おれは、今、小娘の小さな体に閉じ込められているので、目の前の妻は大きく見えて、威厳を感じさせる。最近は、この感覚が当たり前になりつつある。
「取りあえず、うちの会社があの女社長と張り合えるだけの力をつけるまでは、協力を仰がなければならないのが現状だ。だが、対等の立場になれば、あんな気まぐれな経営者とは手を切った方がいいだろう」
 おれがそう言うと、妻は少し考え込んだ。
「できれば、あの方とは、協力的な関係を維持していった方がよいのではないでしょうか。何しろ、あの方は資金力と言う点では抜きん出でていますし、財界にも有力なつながりを持っていますので、あなたさまが他の会社を買収する際にも、有利になると思いますが」
「現状は、それで苦しい立場に追いやられているんだぞ。また気まぐれを起こされて、いつ裏切られるかわからないような相手と、まともに付き合ってはいけないだろう」
 おれは、妻の意見を否定した。
「そうですね。確かに、あの方とこれからも付き合っていくには、今のままでは駄目でしょうね。今以上に強固なつながりを持たないと無理かもしれません」
 妻は、そう言って、また考え込んだが、それ以上のことは言わなかった。
「だいたい、あの女社長とずっと付き合っていくということは、これから、毎年毎年、おれとあの娘の体を入れ替えていく、ということだろうが。2、3年ならともかく、これから何年もずっとそんなことを繰り返していくのか?」
 おれがそう言うと、妻は、少し困ったように言った。
「実は、そのことなのですが」
「何だ?」
「あなたさまとあの娘の体を入れ替える呪ですが、これは、いつまでも使えるものではないのです」
「なんだと?」
 おれは、目を丸くして、妻の顔を見つめた。
「以前、わたくしはあなたさまに、今は、わたくしの呪の力が強まっている時期だと申し上げました。入れ替えの呪は、わたくしの力が強まっているときでなければ使えないのです」
「ずっと、今の力のまま、というわけではないのか?」
 おれがそう問うと、妻は「残念ながら」と首を振った。
「わたくしの力は、まだしばらくは強くなり続けますが、それも、今年一杯が限度。年明けから衰えだして、春には、わたくしの力は、元に戻ってしまいます」
「そうすると、もう入れ替えはできないのか?」
 妻はうなずいた。
「来年の春までって……。それじゃ、来年の株主総会の時期には、入れ替わってあの女の機嫌を取るということができない、ということだぞ」
 妻は、おれの言葉に対して何も言わず、ゆっくりと立ち上がった。地下室の薄い照明の中で、妻の姿が浮かび上がった。
「あなたさま。今のわたくしを見て、何か、感じるところはございませんか?」
 妻は、そう言って、おれに向かって微笑んだ。
 そんなことを言われても、毎日のように会っているのだから、今更何か感じるも何もないだろう。それに、元々の体ではなくて、今のおれは小娘の体の中にいるのだ。はじめて妻に会ったときの印象では、小柄で華奢な感じを覚えたものだが、小娘の目で見る妻は、おれよりも大きくて、ふくよかな感じがする。妻と結婚して、最初に抱いたときには、抱き慣れた秘書たちと比べてしまったせいもあって、肉付きが物足りなく感じたのだが、今は、自分の少女の体と比較するからだろうか、豊満で肉感的にさえ思えることがある。
「呪の力を持って生まれてきたもののうち、およそ、半数は、一生のうちで1度だけ、呪の力が著しく大きくなる時期を迎えるのです」
「それが、今の時期だというのか?」
 妻はうなずいた。
「一生のうち、一度だけ。力を持った者が女だった場合、最初の子を身籠ったときにだけ、その力は、増大するのです」
 おれは、妻の言っていることが、理解できなかった。
 妻は、黙ったまま微笑みをたたえていた。おれは、しばらく考えて、ようやく妻の言葉の意味することに思い当たった。
「ええっと――。ひょっとして、それは、妊娠した、と言っているのか?」
 おれがそう言うと、妻は少し恥ずかしそうにうなずいた。
「最近、自分でも丸みを帯びてきたと思っているのですが、お気付きになりませんでしたか?」
 確かに、丸みを帯びているとは思ったが、それは、この小さな小娘の体から見ているせいだと思っていた。だが、よく考えたら、元に戻っていた時期にも、妻のことは今と同じように丸みを帯びて見えていた気がする。
「ちょ、ちょっと待て。――敢えて訊くが、それは、誰の子だ」
「これは異なことを。あなたさまの子に決まっているではありませんか」
 妻は、そう言って、少し顔を赤らめて笑う。
「い、いや。おれの子なのはわかっている。少なくとも、肉体的にはおれの子だろう。だが、その――。おれがお前を抱いたときにできた子なのか? それとも、あの娘がお前を抱いたときにできた子なのか?」
 同じ「おれ」の子だったとしても、それによってはまったく意味合いが違ってくる。もしも、小娘とのセックスによってできた子だとしたら、本当に「おれの子」と呼べるのだろうか?
 だが、おれの不安をよそに、妻は、無邪気な顔で笑っていた。
「そんなこと、決まっているではありませんか。先程も申しました通り、この入れ替えの呪は、わたくしの力が高まっているとき、つまり、最初の子を身籠ったときにしか使えない呪なのです。あなたさまが、わたくしに子種をくださり、それでわたくしの力が高まったのです」
「あっ」
 おれは、思わず声をあげた。言われてみれば、その通りだ。どうして、こんなことに気付かなかったのだろう。
「あなたさまの子ですよ。間違いなく」
 そう言って、妻は、自分の腹に愛おしそうに手を当てた。
「あなたさまとわたくしの子です。これから、あなたさまとわたくしが築いていくものすべてを受け継いでいく子です」
「おれの、子――」
 不思議な気持ちで、おれは、妻の腹部を見つめた。そう言われて見れば、僅かに盛り上がっている気がしないでもない。この中に、おれの子がいる。
「医者には行ったのか?」
「いいえ」
「どうしてだ?」
「特に、体調が悪くなることもありませんでしたので。わたくしは、自分が妊娠したという自覚はありましたが、それは、わたくしが呪の力を持ったものだからです。体調が悪くなれば行こうと思っていましたが、特に何もないのに、医者にかかる必要もありませんでしょう」
「行かなきゃ駄目だろう。そうだ。今から、一緒に行こう」
 おれが立ち上がると、妻が驚いたように言った。
「連れて行ってくださるのですか?」
「当たり前だ。おれとお前の子なんだから」
 そう言うと妻は嬉しそうに笑った。
 パステルカラーの軽自動車に乗って、妻を会社で契約している病院に連れて行く。予定日は来年の3月下旬。逆算すると、妻が延び延びになっていた卒業旅行に出掛ける前に妊娠したようだ。妻は、それがいつだったか、日付まではっきりと教えてくれた。
「なんで、日付まで特定できるんだ?」
「呪の力を持った女であれば、誰でもわかるものです」
 妻は、おれの問いに、何を当たり前のことを訊くのだ、というような顔で答えた。よくわからないが、そういうものなのだろう。
 屋敷に戻って、再び地下室で話をする。階段を下りるときなどに、あれやこれやと世話をしたがるおれを妻は制した。
「妊娠がわかったからと言って、そんなに気を使っていただく必要はありません。あなたさまにそうしていただくことは嬉しいですが、いままで通りで結構です」
「いや、そんなことを言っている場合じゃないぞ。妊娠といえば、一大事だ。おれとお前の子。この家の跡継ぎなんだから、大事にしないと」
 おれがそう言うと、やさしい目を腹に落として、そこに手を当てた。
「そう。跡継ぎなのです、この子は。わたくしとあなたさまのかけがえのない跡継ぎ――」
 そう言って、妻は、少し真剣な顔になった。
「あなたさまには、1つ、申し上げておかなければならないことがあります」
 妻にそう言われて、おれは思わず居住まいを正した。妻は、いつにない真剣なまなざしをおれに向けていた。
「この家には、何百年かに1度、呪の力を持った者が生まれてきます。わたくしは、約百年振りに力を持って生まれてきた者でした」
 これは、以前――はじめて小娘と体を入れ替えられたときに、聞かされた話だった。この家は、力を持った者が現れると栄え、その者が亡くなると、次に力を持った者が現れるまで、ゆっくりと衰退していく。それを繰り返してきたという。
「ただ、呪というものは、おわかりいただけたと思いますが、万能ではないのです。できることは限られており、それをうまく使いこなすことができて、はじめて効果を得られるのです。わたくしの先祖たちは、知恵を絞って呪を効果的に使い、時の有力者たちに利益をもたらすことによって、その地位を築きました。この屋敷を建てたわたくしの祖先も、幕末維新の舞台裏で暗躍し、伯爵という地位を得たのです。これでしばらくは、子孫たちは、平穏に暮らせると思ったことでしょう。ところが、それからたった60年ばかりで、伯爵という地位を保障する国家自体が崩壊してしまいました。国家という後ろ盾を失ったこの家は、予想以上のスピードで没落していきました。
 わたくしは、前の能力者である伯爵が没してから、百年ほどで生まれてきました。呪の力を持った者が、これほど短い期間で現れたことは、例がないそうです。呪の力が何に由来するものなのかはわかっていません。仮に、それが血にあるとしたら、この家の没落振りを察して、本来はあと何百年も眠り続けている筈だったものが、わたくしの中に発現したのかもしれません。
 いずれにしても、わたくしは、この家を復興するという使命を帯びて生まれてきたのです。そのことは、小さいときから、何度も聞かされていましたし、自分でもそういうものだと思っていました。と言っても、それは、どこか人ごとのような気もしていました。この家の再興と言われても、実感としては湧いてきません。取りあえず、この崩壊寸前だった屋敷をなんとか修理できたら、というのがわたくしに取っての現実的な目標でした。
 わたくしが高校に入るあたりから、縁談がちらほら舞い込むようになりました。呪のことを知るものは、この国には僅かでしたが、その僅かな人たちが、わたくしという力を持った者を取り込もうと縁談を仕掛けてきたのです。わたくしは、そのような方たちの手先となって働く気などありませんでしたので、断っていました。不思議なもので、良談を断り続けていると、その娘の価値が上がるとでも思っておられるのでしょうか、ますます縁談が舞い込むようになりました。その誰もが、わたくしの呪の力について知っていたわけはありませんので、大半は、何も知らずに、良談を断り続けている旧家の娘を手に入れたいと思っただけの人だったのでしょう。
 そのうちに、おとうさまが亡くなり、相続税を払うために、屋敷を手放さなくてはならないような事態に陥りました。そこに現れたのが、あなたさまだったのです。
 正直申しまして、わたくしは、この屋敷を維持するために、あなたさまと一緒になったのです。もちろん、たくさんいたほかの候補者たちの中で、自ら事業を起こして、会社を大きくしてきたあなたさまの才に惹かれたことは確かです。ですが、あなたさまと一緒になった一番の理由は、この屋敷を手離したくない、ということだったのです」
 妻は、そう言うと、ふうっと1つ、息を吐いた。
「気にすることはない。おれだって、旧華族のお嬢さまということで、これまでにないようなコネができることを期待して、お前と結婚したんだ。見合い結婚なんて、そんなものだろう」
「そういっていただけると、助かります」
 妻は、小さくおれに礼をした。
「正直申しまして、結婚した頃は、この屋敷の相続税を払っていただいたことと、修理をしていただいたことで、満足しきっていました。あなたさまは、まだまだ会社を大きくしていくのだと仰っておりましたが、そんなに無理をしなくてもいいのに、と思っていました。この屋敷をちゃんと維持していくことができて、当面、生活に困ることもないのですから、どこに不満がありましょう。それだけでも、わたくしに取っては夢のような生活でした。
 ですが、この子を――」
 妻は、自分の腹に愛おしそうに目を落とした。
「この子を授かってからは、少し、考えが変わりました。この子に遺す物が、この屋敷と、あなたさまの会社だけでいいのだろうか、と。今は不自由してはいませんが、わたくしとあなたさまがいなくなった後に、この子が本当にこの家を維持していけるのか? また、あっという間に没落してしまって、おとうさまがそうだったように、この屋敷を維持するためだけの人生になってしまうのではないか? そのためには、この子には、今、この家にあるよりも、もっと大きなものを遺してあげないといけないのではないか。そう思うようになったのです。
 このときはじめて、わたくしは、この家に呪の力を持って生まれてきたことの意味を知りました。わたくしとあなたさまの間にできたこの子に、少しでも大きなものを遺してあげること、この家を今よりももっともっと大きくすることが、わたくしの使命だと実感したのです。
 わたくしは、わたくしなりに、この家をもっと大きくする方法を考えました。わたくしの呪の力を使って、あなたさまが会社を大きくしていくことをお手伝いできないかと思ったのです」
 妻は、そう言って、言葉を切り、おれを見た。
 おれは、何も言わずに、妻を見返す。
「さて」
 と妻は言った。
「ここで、ひとつ、あなたさまにお願いがあります」
「お願い?」
「はい。この家を更に栄えさせるための提案と言ってもいいかもしれません」
 妻の目は、これまでに見たこともないぐらい真剣そのものだった。
 おれは、もう一度居住まいを正した。
 地下室の中で、おれと妻が真剣な目で向かい合った。
 妻は、少女の姿をしたおれに向かって、ゆっくりと、話し始めた。おれのこれからの人生を左右する話を。
 外界と隔絶された屋敷の地下室の中で、おれは、妻の語る「お願い」に、じっと耳を傾けた。

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》 - ジャンル : 小説・文学

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